コラム:人間食べ食べカエル テラー小屋 - 第39回
2022年7月29日更新
「女神の継承」この作品には、”恐怖”よりも”畏怖”という言葉がよく似合う。
ホラージャンルの中でもひときわ異彩を放つのが「土着信仰ホラー」である。外界とは隔絶された一部地域のみで伝わる密教などを題材にした恐怖を描くのがこのジャンル。最近では台湾発の「呪詛」というホラーがこれにあたる。そんな土着信仰ホラー界に新星が誕生した。それが、タイと韓国の合作「女神の継承」だ。
タイ東北部に位置するとある村。そこでは代々、祈祷師の一族がバヤンと呼ばれる女神の依り代を受け継いでいた。テレビの取材クルーは、この一族に対して密着取材を開始する。主なインタビュー相手は、現役で巫女を務める女性ニム。だが取材を進めるうちに、次第に予想外の事態が起き始める。ニムの姉ノイが育てる娘ミンが、まるで人が変わったかのように異常な行動をとるようになったのだ。姉に娘を助けてほしいと頼まれるニム。クルーはその様子もカメラに収めていく。そして、ニムはミンを救うべく行動を開始するが、想像を遥かに超える恐ろしい事態が待ち受けていた……。
「哭声 コクソン」で國村隼氏を人ならざる邪悪な存在に仕立て上げた韓国の鬼才ナ・ホンジンが、多くのホラー好きを恐怖のどん底に陥れた映画「心霊写真」で知られるタイのバンジョン・ピサンタナクーン監督と、凶悪タッグを組んで作り上げたのが本作だ。元々ナ・ホンジンが「哭声 コクソン」の派生企画を温めており、その時はファン・ジョンミン演じる祈祷師イルグァンをメインにするつもりだったのだが、紆余曲折あって、タイの祈祷師一族を描く内容となった。そういった背景があるからかもしれないが、一部かなりコクソン濃度が高い部分もあり、あの作品が好きだった人もかなり気に入りそうな内容になっている。
本作は、タイの村で起こる異常現象を取材クルーのカメラを通して描く王道のモキュメンタリーホラーだ。そこにタイ独特の精霊観や風習を織り込み、唯一無二のオーラを放つ作品に仕上げた。そんな本作の特徴の一つが、複雑に入り組んだ人間関係だ。主な登場人物は我々観客の「目」となる取材クルー。祈祷師一族に生まれながらも役割を拒んだノイ、姉ノイの代わりに祈祷師となった妹ニム、ノイの娘で何かに取り憑かれるミンだ。そこに、ノイの夫ウィロジ(劇中登場時は既に死後)、ミン・ノイの兄などが幾重にも絡み合い、呪いの連鎖を加速させる。
ミンに何が取り憑いているのか、あらゆる可能性が浮上しては消え、原因の特定に難航する。そうこうするうちにミンはみるみる化け物になっていく。劇中でさりげなくいくつもの可能性を提示し、厭な想像を無限に掻き立ててくれる。本当に性格が悪い映画だ(褒めてます)! 自分のやっている事が正解かも分からないまま、それでも必死の思いで立ち向かうニムたち。そんな姿を嘲笑うかのようにミンの異常行動は加速する。とにかくロクなことが起きず、最悪の事態が連なっていく展開に背筋が凍る。絶望がジワジワと迫りくる様を淡々と映すのが本当に恐ろしい。観ているうちに気が滅入ること請け合いだ。
そして、そんな最悪の果てに待ち受けるクライマックス。その内容はもちろんここでは書かないが、なんというかアクセルの踏み方がおかしい。いきなりギアを5段階くらい加速させたかのようなハイテンション!え!?何が起きてるの!?分からない!!怖い!!!とこんな感じの感情の渦に引きずり込まれる。全てが終わった後に残る筆舌に尽くしがたい虚しさは、しばらく忘れることは出来ないだろう。
不気味な予告編や数々の秀逸なポスターアートに負けない濃厚な作品であった。130分と、この手の映画にしてはかなり長い尺だが、この作品に限ってはこの長さで正解。シャーマン一族の歴史が、これ一本に全て収まっている。取材の合間に挟み込まれるタイの長閑な農村と自然風景の映像は、とても美しいと感じると同時にゾッとする感覚も覚える。人間が抗いようのない恐怖、精霊、そして自然。それらを映画の形に収めたのが「女神の継承」である。この作品には、”恐怖”よりも”畏怖”という言葉がよく似合う。
「女神の継承」は、7月29日(金)公開。
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人間食べ食べカエル(にんげんたべたべかえる)。人間食べ食べカエルです。X(旧Twitter)で人喰いツイッタラーをやっています。ID @TABECHAUYOで検索してみてください。WEBや誌面で不定期に寄稿をするほか、新作へのコメントなどを書いています。好きなジャンルはホラーとアクションで、特にモンスターに人が食べられるタイプの映画に目がありません。「ザ・グリード」に出てくる怪物を目指して日々精進しています。どうぞよろしくお願いします。
Twitter:@TABECHAUYO