コラム:人間食べ食べカエル テラー小屋 - 第34回
2021年11月26日更新
「シー・オブ・ザ・デッド」一度目にしたら二度と忘れられない映像体験が味わえる掘り出し物の土着ゾンビホラー
海に魚を捕りに出た漁師2人が、網にかかった魚人と思しき不気味な化け物に襲われる。彼らは何とか逃げ切るものの、そのときに体を噛まれてしまう。そして、その時釣れたアカエイにも異様な変化が発生していた。実は海中でゾンビ汚染が起きており、2人を襲った生物はその影響を受けていた。やがて海中ゾンビ感染は漁師たちが住む村にも広がり、辺り一帯は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す! 感染を逃れた一部の村人たちは、ゾンビの群れが跋扈する極限の状況から決死の脱出を試みるが……!
世界各地で作られるゾンビ映画。死者が人を喰らうというフォーマットは共通だが、それぞれに各国の特色が表れており、見比べてみると楽しい。そしてもちろん、南米にもご当地ゾンビ映画が存在する。今回紹介するのはブラジルの小さな村を舞台にしたゾンビホラーだ。
本作を手掛けたのは、マングローブに囲まれた超辺境の村でゾンビが大暴れする怪作「デス・マングローブ ゾンビ沼」や、辺境の村での人間同士の争いにUMAチュパカブラが参戦する血みどろホラー「吸血怪獣 チュパカブラ」などで知られる、ブラジリアン・ホラークリエイターのロドリゴ・アラガォンである。
彼の作品の魅力は、画面越しに漂ってくるかのような土臭さ、土着感にある。本作においてもそれは健在だ。冒頭の漁猟シーンから他国のゾンビ映画とは一線を画している。海から釣れたアカエイのヌルヌル感が120%伝わる気色悪いビジュアル、そしてインパクトが強い見た目の魚人。立て続けに飛び出すこれらの映像で本作は只者ではないということが伝わる。また、ゾンビが闇夜にまぎれて人間を喰らうシーンは、どことなく「インスマスを覆う影」を髣髴とさせる。いつもの土臭さに加えて、潮の匂いを感じさせる映像が新鮮で面白い。
また、本格的にゾンビ感染が広がるラスト30分は壮絶の一言だ。皮膚が醜く腐り落ち、口から真っ黒な粘液をまき散らしながら迫りくるゾンビのビジュアルの気持ち悪さと言ったらない! 低予算映画とは思えないほどに特殊メイクが本気だ。たぶん特殊メイクに全てのリソースを注ぎ込んでるんだろう。ゾンビ超えてデモンズか?ってくらいの超腐れビジュアルを見せつけてくれる。しかも1体1体、体の欠損の仕方や傷口などちゃんと拘りがあり、差別化がされている。こいつらが画面いっぱいに暴れまわる映像だけで充分に満足できる。特にお気に入りなのは顔面アカエイ男だ。これ1体だけ完全に物体Xの世界観で最高なので、気になる方は是非その目で確かめてほしい。
ゴア描写も文句なしの仕上がりだ。感染者たちによる人間食いちぎり映像は、並みいる大作ゾンビ映画にも負けていない。臓物が零れ落ち、どす黒い血が流れ出る一連の描写がとにかく素晴らしい。この映画をはじめ、アラガォン監督の映画で出てくる血液って、いつも赤じゃなくて黒に近いのが良いよね。人間がミニガンでゾンビを撃ちまくり、ドス黒い返り血で画面がいっぱいになるシーンなんか「ブレインデッド」に匹敵する強烈な見せ場だ。
もう一つ本作の好きなところがある。それは人外のゾンビもたくさん出てくるところだ。冒頭に出てくるアカエイや魚人、そして鳥ゾンビもちょこッと登場。こういうサービス精神はとても嬉しい。そして真打は、クライマックスに出てくるクジラのゾンビ! そう!本作、なんとクジラのゾンビが出てくるんです!! ここまでいろいろ書いてきたけど、このクジラゾンビのためだけに見る価値があると思う。怪獣じみた巨体が陸地に上がってのたうち回る映像はインパクトが強すぎて、良い意味でこれまでの素晴らしい見せ場の数々を打ち消してくれる。こういうキメの映像が1つあると満足度が段違いだ。「スパイダーズ」の巨大蜘蛛街中蹂躙シーンや、「オクトパス」の巨大蛸豪華客船蹂躙シーンなど、2000年代頃のヌー・イメージ製パニック映画で感じられたような、終盤になってギアが3段階くらい上がるあの興奮に近い感覚を、本作でも味わうことができる。
パッケージだけ見て「またどうせやっすいゾンビ映画なんでしょ?」と思ってスルーしている方もきっと多いと思う。ゾンビ映画ってそれだけ魑魅魍魎がひしめくジャンルだから……。でも本作はそんな中に埋もれていい映画ではないと思う。この映画には強烈な個性がある。安いことは否定しないが、一度目にしたら二度と忘れられない映像体験が味わえる掘り出し物の土着ゾンビホラーだ。鑑賞後「なんか凄いものを観た……」と放心したい方は必見の一作である。
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筆者紹介
人間食べ食べカエル(にんげんたべたべかえる)。人間食べ食べカエルです。X(旧Twitter)で人喰いツイッタラーをやっています。ID @TABECHAUYOで検索してみてください。WEBや誌面で不定期に寄稿をするほか、新作へのコメントなどを書いています。好きなジャンルはホラーとアクションで、特にモンスターに人が食べられるタイプの映画に目がありません。「ザ・グリード」に出てくる怪物を目指して日々精進しています。どうぞよろしくお願いします。
Twitter:@TABECHAUYO