コラム:若林ゆり 舞台.com - 第95回
2021年1月28日更新
そしてもちろん、キャストがすごいのだ。間違いなく日本ミュージカル界で最高レベルの表現が、めくるめく観劇体験をもたらしてくれる。全員がハイレベルな歌唱力を持っているが、自分に酔うような歌い方をする人はいない。役の感情をメロディに乗せ、伸びやかな声で訴えてくる。この作品に、三浦さんの幻影を見るのではないか、と思う人もいるだろう。もしかしたら、三浦さんの作品に寄せていた思いは、見えるかもしれない。その思いを無にしてはならないと全力を尽くした海宝の説得力は、圧倒的のひとことだ。奇術に魅せられたミステリアスな顔から、恋のためにすべてを賭ける男の一途さまで、力強く繊細に演じきった。「観客の心に刻みつけよう、この姿を」と歌う彼の姿は、くっきりと心に刻みつけられたのだった。
助演陣も、非の打ちどころがない。冷静さと過激さを併せもった皇太子を色濃く演じた成河。映画のポール・ジアマッティとは違ったシリアスなタッチで観客と物語をつなげてくれた、ウール警部の栗原英雄。はかなげでしなやか、ヒロインの存在感を発揮したソフィの愛希れいか。そして、映画ではエドワード・マーサンが演じていた興行師役を女性に変えた、ジーガ役の濱田めぐみ。この役はミュージカルの醍醐味。たくましく、したたかで、カッコよく、愛情深い彼女の存在が、作品をパワフルに引っ張っていたことも忘れがたい。
グイグイ引きつけられ、ノンストップであっという間の1時間50分。少ない時間で、限られた条件下で、ここまで作り込んで楽しませてくれたスタッフ・キャストの努力は並大抵のものではなかったはずだ。心から感謝。このバージョンの完成度が想像を絶するクオリティだったので、いつか絶対に上演されるはずのオリジナル演出バージョンが楽しみで仕方なくなった。セットが組まれ、イリュージョンもしっかりと仕掛けられ、場面転換や"間"のもたらす余韻や情緒が加わったら、いったいどうなるのだろう? 待ちきれない気持ちだ。
初日を目前にしたゲネプロの終演後、海宝は感慨深げに挨拶をした。
「いよいよお客様をお迎えできることに喜びを感じています。この作品はたくさんの山を乗り越えて、ここまでたどり着きました。三浦春馬さんを失い、コロナのこともあり、どのような形で上演すべきなのか、中止すべきなのか私自身悩み、いろいろなことを相談させていただきながら進んできました。その中で、クリエイター・チームのみなさんと、キャスト・スタッフすべてが『決して諦めることなく、作品を必ずお客様に届ける』という思いに共感して、強い思いで今日までやってきました。心折れそうな瞬間も不安もありましたが、全員が諦めずに前進してきたからこそ今日を迎えられたと思っています」
さらに、作品の内容について「今の時代にマッチしている」と掘り下げ、観客へのメッセージとした。
「この作品は真実、嘘、何が正義で何が悪なのかを問いかけています。今は、果たして何が本当なのか、フェイクなのかを考えていかなければならない時代。僕自身もこの作品について考えることが、自分の思考の凝り固まったところに対して、違う方向から見たら違う事実が見えるのではないかと考えるきっかけになりました。今のように追いつめられ、疲弊している状況では、刺激的で自分の感情をぶつけられる人を信じやすいという危うさがあります。公演をご覧になるお客様にも、正義について改めて考えていただく機会になればと思います。もちろんそれだけでなく、音楽や豪華な衣装などたくさんの見どころがあります。尊敬する共演者のみなさんと短い期間で作ってきましたが、明日はその苦労を決して感じさせることなく、楽しい作品をお届けしたいと思っています」
ミュージカル「The Illusionist イリュージョニスト」は1月27日~29日、東京・日生劇場で上演。詳しい情報は公式サイト(http://illusionist-musical.jp/)で確認することができる。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka