コラム:若林ゆり 舞台.com - 第95回

2021年1月28日更新

若林ゆり 舞台.com

第95回:波瀾万丈、数多の受難を乗り越えたミュージカル「イリュージョニスト」が見せる、極上の幻惑!

オリジナルの作品を作る時は、どんなものでも産みの苦しみがつきものだ。しかし、日英合作ミュージカル「The Illusionist イリュージョニスト」ほど数多の試練にさらされ、数奇な運命を辿った作品も稀だろう。これはスティーブン・ミルハウザーの短編小説「幻影師、アイゼンハイム」(白水uブックス「バーナム博物館」所収)をニール・バーガー監督が脚色、エドワード・ノートン主演で映画化した「幻影師アイゼンハイム」をミュージカルとして生まれ変わらせようという意欲作。梅田芸術劇場が、イギリスでヒットメイカーとして知られる演劇プロデューサー、マイケル・ハリソンと手を組み、約5年をかけて企画・制作にあたってきたオリジナルミュージカルである。イギリスの精鋭スタッフを迎え、2020年の12月から21年1月にかけて、日本で華々しくワールドプレミアの幕が上がる……はずだった。

ところが20年7月、主演に決まっていた(19年秋に行われたワークショップにも参加していた)三浦春馬さんが急逝。新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、上演決行か中止か、何カ月もかけて協議が重ねられた。そしてようやく11月、主役・アイゼンハイムに、当初皇太子レオポルド役でキャスティングされていた海宝直人が、皇太子役には成河が代役として出演、21年1月後半に上演することが発表となる。ところが稽古も白熱していた12月中旬、今度は出演者・スタッフ複数名が新型コロナウイルスに感染していることが判明し、稽古は中断を余儀なくされた。クリスマスには演出内容を変更し、コンサートバージョンで上演することが決定する。結局、日程は1月27日~29日の3日間と短縮され、緊急事態宣言で客席数も半減。楽しみにしていた多くのミュージカルファンにとって、「The Illusionist イリュージョニスト」はまさに"幻"の公演になってしまったのだ。

アイゼンハイム役の海宝直人
アイゼンハイム役の海宝直人

その貴重な公演の公開稽古が、1月26日に行われた。これが、実に素晴らしいものだった。何度も大波を被りながらも航海を止めず、「できうる限りのことをやろう。なんとしても観客に楽しんでもらおう」というスタッフ・キャストの熱意と心意気が、見事に結実した舞台。急ごしらえとは思えないし、コンサートバージョンの領域を遙かに超えている。これがたった3日しか公演できないなんて!

コンサート形式と言えば、ミュージカルナンバーをキャストが客席に向かって歌い、ナレーションなどでつないだものを想像する人も多いだろう。しかし、この作品は違う。セリフはすべて演じられ、振りやダンスも、豪華な衣裳も早替えもある。舞台奥にはレッドカーテンとオーケストラがあり、舞台中央に、四角い舞台上舞台。ないのはセットだけなのだ。これがかえって面白い効果を生んでいた。なぜなら、セットのない舞台空間に幻惑の作品世界が立ち上がり、見る者の想像力をものすごくかき立ててくれるからだ。

物語の舞台は、19世紀末のオーストリア・ウィーン。芸術の都で人々を夢中にさせていたのは、アイゼンハイムという奇術師による大がかりなイリュージョンショーだ。ある日、噂を聞いたオーストリア皇太子レオポルドがショーを見に訪れる。その時アイゼンハイムが舞台に上げた皇太子の婚約者こそ、彼が少年時代に恋に落ち、身分違いで引き裂かれた公爵令嬢ソフィだった。一瞬にして恋心を再燃させるアイゼンハイムとソフィ。そんなふたりに皇太子の腹心でもあるウール警部が目を光らせ、ふたりの密会を知った皇太子は怒りに震える。そこに悲劇が。皇太子と言い争った夜、ソフィが遺体となって発見されたのだ。真相を突き止めようとするアイゼンハイムの舞台に、ソフィの幻影が現れる……。

左から、ソフィ役の愛希れいか、ジーガ役の濱田めぐみ、アイゼンハイム役の海宝直人、ウール警部役の栗原英雄、皇太子役の成河
左から、ソフィ役の愛希れいか、ジーガ役の濱田めぐみ、アイゼンハイム役の海宝直人、ウール警部役の栗原英雄、皇太子役の成河

原作ものの映像化では、多くの場合、文字を読んだ時に個々が思い描いたイマジネーションを超えるのは難しい。ただ、「幻影師アイゼンハイム」の場合はストーリーが別物すぎて、かえって抵抗なく見られるかもしれない。なにしろ原作ではソフィもウール警部もわずかに触れられているだけだし、皇太子は登場しない。奇術師と奇術についてのシンプルな物語に、まるで奇術のような大がかりな仕掛けを施し、マジカルな恋物語に仕立てたバーガー監督の手腕はなかなかのものだ。ただし、映画でいただけないところがある。それは、イリュージョンの描写。あからさまに嘘っぽいCGで描いているので、興ざめしてしまうのだ。ここが、想像力を超えられないところだった。

その点、今回の舞台は想像力で補う余地がある。シンプルだが、旨みはたっぷり。キャストが大道具や椅子を出し入れしてなめらかに展開していく舞台は、スリリングでまさにイリュージョンのようなのだ。

演出のトム・サザーランドは日本でもミュージカル「タイタニック」や「グランドホテル」を手がけた人で、群衆や空間の使い方がうまい。舞台の奥と手前で、別々の場でのやりとりを同時に立ち上げたり、アンサンブルの出入りで物語を立体的に見せ、聞かせたり。棺などの大道具、赤白の紙吹雪で象徴的に描いていく、効果的な演出プランにゾクゾクしっぱなし。

加えて、曲がいい。転調に次ぐ転調で、作品にふさわしい幻想感と情緒を醸し出す音楽を手がけたのは、イギリスのナショナル・シアター作品などで注目される若手作曲家マイケル・ブルース。この名前、今後のために覚えておこう。

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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