コラム:若林ゆり 舞台.com - 第86回

2020年2月12日更新

若林ゆり 舞台.com

映画版では名前さえ明かされなかったザ・マンは謎だらけで、簡単に共感できるような男ではない。こういう役を演じるときは、どういうアプローチをするのだろう。

「僕は役どころに対して、共感できるかできないかということは、あまり重視しないかもしれないですね。やる役やる役、たいてい自分とは違うから。役づくりに関しては、なんだか気恥ずかしいんですよ。例えば“孤独を持っている”という役柄だとして、『僕も孤独を持っています』というようなことって言いづらいじゃないですか(笑)」

2019年にドストエフスキー原作の『罪と罰』で演じたラスコリニコフも、まったく違った理由だが殺人を犯し、罪の意識に苛まれる役だった。このときの経験が、今回、役に立つこともありそうだという。

「そうですね、ラスコリニコフはあんなに思慮深くて聡明なのに、その聡明さゆえに人を殺める。自分の現状に不満を覚えている、という彼に共感を覚えるのも難しいものがありました。今回も、自分の経験の中から『この感情に類似してるかもしれないな』と思うものを持ってきて、表現の助けにすることになるとは思います。それに、例えば『罪と罰』で主人公の妹と富豪スヴィドリガイロフとの支配する側、支配されている側のサドとマゾ的な快楽。そういう感覚を今回のシチュエーションに取り入れて、トライするということもできるかもしれない。ザ・マンが出会う純真な少女に、どう自分のことを信じさせるのか。彼にとってはそれが遊びに思えることがあるかもしれないし、スリリングな何かを求めている部分もあると思うんですよ」

撮影:若林ゆり
撮影:若林ゆり

子役時代から演じるという仕事に真摯に向き合ってきた三浦にとって、「キンキーブーツ」でミュージカルと出合ったことは大きかった。しかしそれ以前にも、「地球ゴージャス」作品や「劇団新感線」作品への参戦で「歌って踊り、演技する」ことはしっかりやっていた。観劇したとき「なんて器用な役者なんだろう!」と驚いたことをよく覚えている。だからミュージカルとは「出合うべくして出合った」と言うべきなのだ。

「ミュージカルはずっと『いつかやってみたい』と思っていました。でもまだ1作品しかやっていないので、『ミュージカルの歌は歌ってはいけない』ということがどういうことなのか、まだ分からない。僕の中では『キンキーブーツ』のディレクター、ジェリー・ミッチェルが言ってくれた言葉が残っているんです。『自分の感情をシェアしたくて、言葉として動きとして表現するんだけど、それじゃあ収まらないから踊りになっていって。それでもまだ感情が収まらないから歌になっていった……というのがミュージカル。それをスムーズに、嘘なく表現していった先に、大きな感動だったり喜びだったりというものが待っているものなんだ。それを丁寧に作っていきたいんだよね』って。その言葉がとてもしっくり来た。その世界を信じ込ませる、魅了するということが、いかに難しくて、いかに芸術的で、いかに誰もが言語を超えて感動し学ぶことができる表現か。ミュージカルには踊りや歌があるからこそ、生で同じテーマを同じ瞬間に同じ空間で共有できるということが、こんなにパワフルなことはないと思えるんです。人間にしかつくることにができない、そういう感覚。だからすごく興奮を呼ぶと思いますし、やっていて生きがいを感じます」

撮影:若林ゆり
撮影:若林ゆり

昨年はドラマの主題歌でCDデビューを果たし、つい先日は「ハリエット」で第92回アカデミー賞にノミネートされたばかりの世界的ミュージカルスター、シンシア・エリボと、ドラマ「glee」のマシュー・モリソンと一緒にミュージカルコンサートのステージでも歌った三浦。この春に30歳を迎える彼にとっても観客にとっても、忘れられない舞台になりそうだ。

「20代はよく悩むじゃないですか。壁に当たって、ときには沈んで。でも30代は迷っている暇なんかないと思う。今まで20代後半で、漠然と『こうなったらいいな』というビジョンがあったとしたら、やはりこれからは具体的に、思い描いてきたことをよりしっかりと形にしていきたい。シンシアさんやマシューさんと歌うなんて希有な経験をさせてもらったら、それを糧にしなくちゃいけないと思いますし。最善の道、見せ方のできるプレイヤーでありたいと思っています」

「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド ~汚れなき瞳~」は、3月7~29日に東京・日生劇場で上演される。以後、富山、福岡、愛知、大阪を巡演。詳しい情報は公式サイト(http://www.whistledownthewind.jp)へ。

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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