コラム:若林ゆり 舞台.com - 第81回
2019年8月6日更新
第81回:浦井健治が「ヘドウィグ」で恐さに打ち勝ち変貌する!
「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」はただのミュージカルじゃない。元はといえば、俳優で脚本家で演出家でもあるジョン・キャメロン・ミッチェルが手掛け、ニューヨークのドラァグクイーン向けライブハウスで幕を開けたグラムロック・ショー。それが評判を取って1997年にオフ・ブロードウェイの劇場へと移り、“ヘドヘッド”なる熱狂的なファンを生み出しロングラン。2001年にミッチェル自らの脚本・監督・主演で映画化されて世界的に大ヒットしたことは、このサイトの訪問者ならご存知だろう。さらに05年にはミッチェル主演によりブロードウェイで公演され、トニー賞を受賞。17年にはミッチェルが来日して「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチSPECIAL SHOW」も上演され、熱狂を呼んだ。
何がただものじゃないかといえば、場末のライブハウスで行われているロックバンドのライブショーを模した形になっているという上演スタイル。痛切な過去と愛、怒りと悲しみを赤裸々に叫び、観客の心をぐわしと掴むグラムロック・サウンド。ケバケバのドラァグクイーン・メイクとウィッグに傷ついた心を隠したトランスジェンダー、ヘドウィグという異形の主人公。そして、そういう主人公のドギツイ外見とは裏腹に、誰もが共鳴せずにはいられない普遍性&親和性。これは、心にぐわんぐわん響くロック・ミュージカルなのだ。
この傑作の日本版が、7年ぶりに再演される。三上博史、山本耕史、森山未來という歴代ヘドウィグの後を継ぎ、この役を務めるのは、“ミュージカル界のプリンス”と呼ばれる浦井健治! 「王家の紋章」や「笑う男」など、大舞台でのミュージカル主演経験も豊富な浦井が「恐いですよ、この役をやるのは」と、まっすぐに告白する。
「いままで僕が体験したことのない役であり、世界ですし。セリフ量も、歌もものすごく多いということを含め、恐くて仕方ない。でも『浦井にやらせてみたい』と思ってくださった方がいたことがありがたいですし、チャレンジのしがいがあります。僕自身、新しい顔をお見せすることになると思いますし、役者冥利に尽きる役だと思っています」
ヘドウィグは旧東ドイツに生まれた、悲劇のロックシンガー。ハンセルという名の少年時代、故郷でアメリカ人軍曹に求愛され、愛と自由を求めて性転換手術を受けるが、手術の失敗で股間に「怒りの1インチ」が残ってしまったのだ。軍曹に捨てられアメリカで売れないバンド活動をしながらトミーという少年を愛したヘドウィグは、トミーにすべてを捧げた挙げ句、すべてを奪われてしまう。激しい怒りと悲しみをまとったこのトランスジェンダーを、ミュージカル界きっての“癒やし系”と言われる浦井が演じるのだから、確かに冒険。
「見た目が奇抜で、あの外見で防御していたり攻撃していたりということもあるんでしょう。だけどヘドウィグはハンセル少年だった頃、実際に女性になりたかったわけではなく、誰かを『好きだ』という気持ちから、その人のために手術をしたんだと思うんです。ママの言うことを聞いてね。だけど、それが失敗しちゃったがために“悲惨の集大成”みたいな事態に陥ってしまうんですが。だから、そういう人物だからこそのピュアさというものを出していけたらいいのかな、と思っています」
浦井が作品、役を語る言葉には「少年ハンセル」が頻繁に出てくる。疲れやつれた怒りのハミダシ者を、少年っぽさがチャームポイントの彼が演じるなら、そこに説得力を求めるのは当然だろう。
「ヘドウィグの人生は“失くしたカタワレ”をずっと追い求めている人生なんですよね。それは少年ハンセルがママに聞かせてもらったベッドサイド・ストーリーから影響を受けているもので、そのことを歌うのが『The Origin of Love(愛の起源)』。古代哲学者プラトンの著作の中で語られるギリシャ神話がモチーフになっているらしいんですけど、引き裂かれたカタワレを誰もが探している、人間は誰もひとりじゃない、というメッセージが込められた歌です。『ひとりじゃない』というところは願いにも聞こえてくるので『あぁ、そこがヘドウィグの核であり、原動力なんだな』と思いました。人を恨みまくっているし信用できないと思いながら、その心の奥底では『人と一緒にいたい、誰かとひとつになりたい』と願っている。僕自身はまだ悲惨といえるような経験はありませんけど、やはり『人に認められたい』とか『人と一緒にいたい』という願いはありますから。ヘドウィグって本当に、誰もが共感しやすい人なんですよ、あんなに奇抜なのに。で、最後には『人生って素晴らしいんだな』って、少し幸せな気持ちになりうる物語なんですよね」
浦井がこの作品と初めて出会ったのは、井上芳雄、山崎育三郎というミュージカル界のプリンス仲間と結成した“StarS”というユニットのコンサート。演出家から「浦井君にきっと合うよ」と言われ、歌ったのが、この作品の「Midnight Radio」という曲だった。
「チャレンジさせていただいた結果、お客様とのコミュニケーションがすごく取れていることを実感できて。手を上げて振ってくださったり、ロックコンサートのように反応してくださったり。不思議な一体感が生まれて、すごく演劇的な、素晴らしい経験になった曲でした。これは本編では、いちばん最後に歌われる曲。この作品が伝えたいことの集大成という感じの、壮大な曲なんですよ。いま台本を読んでいて、『ああ、だからか』と改めて分かることがたくさんあって、また感激を新たにしています」
映画版は、舞台では描かれていなかったディテールをリアルに見せるものであるため、ヘドウィグに対する理解をより深められたという。
「やはりビジュアルのインパクトってすごいですよね。映画版はものすごい刺激あふれる作品で、タブーに切り込んで、それでいてすごくけなげではかなくて、ピュアで。少年ハンセルからヘドウィグに変貌していく人間の愛おしさというか、もがいて求めて愛を叫んでいる感じが、人生を真っ正面から必死で生き抜いている感覚というか。そういうものが印象的で、心にグッと刺さりました」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka