コラム:若林ゆり 舞台.com - 第79回
2019年5月22日更新
第79回:松本幸四郎が13年間思い続けた三谷歌舞伎で「面白い芝居づくり」を誓う!
稽古場では三谷の脚本を“歌舞伎”として作っていく作業にもなるのだろうか。
「いや、おそらくそういうことは一切しません。『決闘! 高田馬場』のときも『面白いお芝居を作ろう』という、ただその一念でした。それをどう歌舞伎にしていくか、なんてことは考えていなかったですね。結果として『ちゃんと歌舞伎になってるね』と言っていただきましたけども。今回も同じです。『これは歌舞伎だから』とか『歌舞伎座だから』というのは、稽古場では言ってはいけない言葉だと思っているんです。禁句にしたいと。もしも歌舞伎の抽斗で作っていくのであれば、三谷さんにわざわざ書いていただく意味がない。三谷さんは必要ありません(笑)。三谷さんのお芝居を、歌舞伎役者が歌舞伎座で、いかに面白くできるか。それを歌舞伎と思えるか、思えないかはお客様それぞれの楽しみ方次第です。ぜひ楽しんで、『歌舞伎だ』『歌舞伎じゃない』と議論をしていただければ(笑)」
幸四郎といえば、これまでも江戸川乱歩の「人間豹」を歌舞伎にしたり(国立劇場「江戸宵闇妖鉤爪」「京乱噂鉤爪」)、劇団☆新感線とのコラボ(歌舞伎NEXT「阿弖流為」)、ラスベガスの噴水で映像を使った斬新な歌舞伎を上演したり(「鯉つかみ」「獅子王」)、はたまたフィギュアスケートと歌舞伎を融合させたり(「氷艶hyoen」)と、「これができたら面白いぞ」という妄想を次々に実現してきたアイディアマン。しかし襲名披露を経て(襲名興行はまだ続くが)、「もう僕自身、“挑戦”をするという年齢や場数ではなくなってきている」と言う。
「襲名はみなさんにお祝いしていただく場ですが、それが明ければ『さて、何ができるんだ?』ということになる。襲名で、自分の家の当たり役である『勧進帳』の弁慶を勤めさせていただいたことは、これ以上ないほど高いハードルを置かれたような気持ちでした。でも、妄想をやめようというわけではないですよ。まだ実現していないことの方が多いんですから。僕の言う“挑戦”は、根拠のない自信を持って『なんとかなる!』と、確信のないところへ飛び込んでいくこと。いまはもう、根拠のある自信をもってやっていかなければいけません。だから新しいものに飛びつくのはもう休んで、いままで妄想してきたことを1つ1つ形にしていこう、と思うんです」
形にしたい妄想の1つには、映像と歌舞伎の融合もあるという。ドイツ表現主義映画などにも影響を与えた歌舞伎なら、それも道理。
「そもそも日本で最初の映画は『紅葉狩』という歌舞伎を撮ったものですからね。シネマ歌舞伎は定着していますが、舞台中継ではなく、歌舞伎演出を用いた映像作品ができるんじゃないかと考えています。それに、テレビにもっと入り込めないかな、とも。まあ、どんな妄想もなかなか相手にされないことが多くて、何年もかけていろいろな人に会いに行って、説得して回りましたよ。だから実現する度に『構想何年』って出る(笑)。でも僕は『いつやらなきゃ』って期限を決めない性質なんです。三谷さんの歌舞伎にしたってPARCO歌舞伎で『次、またやろう』と約束して、あっと言う間に13年経っちゃった(笑)。ただ、僕の頭の中ではずっと『実現したら面白いだろうな』とワクワクするものでした。1回思いついたらずーっと思い続けるというのはあるんです」
ふむふむ。つねにいろいろなことに好奇心を持ってワクワクし、人とのつながりを大事にして、こうしたいと決めたらどんな状況になってもけっして諦めず、ひたすら思い続ける。幸四郎の魅力は、先ほど本人が語った大黒屋光太夫のそれとよく似ているのでは!?
「そうですかねぇ(笑)。僕は歌舞伎の観客を増やすためになんてことよりも、単純に『僕が見たいけどない、じゃあ作るしかないか』ってだけ(笑)。だから、そういう気持ちがある限りは新作にも関わり続けていきたいと思っています」
六月大歌舞伎「三谷かぶき『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち』」は、6月1~25日 歌舞伎座で上演される。幸四郎は昼の部「寿式三番叟」にも出演。詳しい情報は歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」の公演情報ページへ。
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/609
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka