コラム:若林ゆり 舞台.com - 第64回
2018年2月1日更新
第64回:「ジキル&ハイド」で女優人生の転調を迎える笹本玲奈のミュージカル愛が爆発!
人間は誰でも、自分では気づかないような二面性を持っているもの。「ルーシーもそう」だと笹本は指摘する。ジキルに心を惹かれながら、暴力的で野性的なハイドの誘惑に抗いきれないのは、ルーシーの中にも思いがけない自分が存在するからなのだ。
「頭と心では『この人に引っかかっちゃいけない』ってわかっているのに、体が言うことを聞かない。その、一致しないものというのが、ルーシーの中のハイドなのかな、と思いますね。この作品は見た後に『ああ、楽しかったね』と帰るんじゃなくて、『あれ、自分にももしかしてハイド的な部分があるかもしれない』って考えさせられるというか。もちろん殺人は絶対によくないことですけど、悪いヤツらをハイドがどんどん殺していくのが、私は見ていてちょっと爽快だったりもするんです。そういうものを楽しんでしまう部分が自分にもあるのかって、恐くなりますよね。『自分はもしかして、いま思っている自分じゃないのかな』とか。そういうものを『あなたはどうでしょう?』って投げかけているのが魅力なんじゃないかな。それに、楽曲の素晴らしさが加わり、相乗効果を生んでいると思います」
本作におけるワイルドホーンの曲はエモーショナルな大曲ばかりで、笹本によれば相当、「役者泣かせ」だそうだ。
「本当に喉に負担のかかる曲ばかりで(笑)。その代わり、歌っていたら音楽の力に乗せられてどんどんどんどん感情があふれ出てくるので、そこはワイルドホーンさんの魅力だし才能だなーと思います。彼は転調が大好きなので『どこまで転調するのか!?』ってくらい転調しますが、転調って、やっぱり気持ちがどんどん乗っていくんですよ。見ているお客様も心をガシッと掴まれて感動してしまう、その力強さが魅力的だと思いますね」
そして笹本にとって、今回の「ジキル&ハイド」は女優人生における“転調”を意味する作品ともいえる。エマからルーシーへ、ミュージカル界のプリンセスからセクシーな大人の女優へ。それだけではない。昨年結婚し、母となった笹本の、これが復帰第1作なのだ。
「結婚するまでは、子どもがいる生活なんて想像したこともなかった。けれども、子どもが生まれた瞬間に価値観がガラッと変わりました。自分よりも絶対に子どもが優先なんです。それにこの先、子どもが20年、30年、40年と生きていく中で、この世界がどう変化していくのか、関心を持つようになりました。いままで自分のことしか考えないで生きてきたのが(笑)、すごく先のことを考えるようになりましたね。出産してからは母親の役をやっていませんし、どんな影響があるのかはまだわかりません。でも、『レ・ミゼラブル』を見たとき、いままで共感していたのは断トツでエポニーヌだったんですけど、ファンテーヌに変わったんですよ」
産休中には、仕事に対する思いにも大きな変化があった。ルーシーのソロ曲「新しい人生」という歌の歌詞が「今の心境とリンクする」と笹本は言う。
「幸せなことに13歳でデビューしてからほとんどお休みがないくらいお仕事をしていて、自分でいることより誰かを演じている時間の方が長かったんですよ。自分を見失いそうになることもありましたが、『長い休みがほしいな』と思っても先々までスケジュールが入っていて、女優人生一筋。それで初めてこの1年間、素の笹本玲奈として生活しました。すると、ようやく『あ、自分ってこうだったな』と気づけたのと同時に、休めば休むほど『私はミュージカルが好きなんだ!』という気持ちが大きくなっていったんです。もしここで1年休んでいなかったら、もしかしたら舞台が嫌いになっていたかもしれない。1回距離を置いて、外から客観的な目でミュージカルを見たときに、本当に自分にとってかけがえのない場所なんだということが再確認できました。いまは、『早く復帰したい、早く歌いたい、早くお芝居したい!』という気持ちが溜まって溜まって溜まって。その状態で『ジキル&ハイド』に出演するので、思いが爆発するんじゃないかな(笑)」
「ジキル&ハイド」は3月3~18日 東京国際フォーラム ホールCで上演される。名古屋・大阪公演もあり。詳しい情報は公式サイトへ。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka