コラム:若林ゆり 舞台.com - 第46回
2016年7月29日更新
第46回:日米バージョン連続上演の「キンキーブーツ」は映画以上に派手で感動的!
日本版開幕の直後、「センセーショナルな舞台だったね! 誠実な作品になっていたし、観客の手拍子や笑いといった反応がたくさん聞けてうれしかったよ。春馬も徹平も素晴らしい仕事をしてくれた」と満面の笑みで語ってくれたのは、オリジナル版でも演出・振付を手がけたジェリー・ミッチェル。ブロードウェイきってのヒットメイカーとして活躍する彼は「キンキーブーツ」のみならず、「フル・モンティ」や「ヘアスプレー」、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」、「リーガリー・ブロンド(キューティ・ブロンド)」など、映画を原作としたミュージカルを得意とするクリエイターだ。そんな彼にとっても「特別な作品」だという「キンキーブーツ」の魅力は?
「この作品の最も愛すべき点は、ヒューマニティを感じさせるところだね。これはお互いをまだよくわかっていない人々が、お互いを理解し合うまでの過程を描いている。ローラはチャーリーにとって、別の世界の住人だ。でも探り合っていくうちに、自分たちにはすごく似通った点があるということに気づくんだ。工場の人たちもまた、最初は理解の範囲外だったローラが、実はとても共感できる人間なんだとわかる。人々の間に障害があっても、そのハードルを飛び越えることに意味がある。それは人々が力を合わせ、心を一つにして何かをすることで越えられるものなんだ」
この作品はミッチェルと、脚本のハーヴェイ・ファイアステイン(「トーチソング・トリロジー」)、そして音楽を全曲書き下ろしたシンディ・ローパーとが密にやりとりを交わしながら作り上げた作品。3人のコラボレーションは「このストーリーを最大限に語るにはどうすればいいか、力を合わせて見いだしていく感じ」だったという。
「シンディとは20年来のつきあいで、彼女が素晴らしいサウンドを生み出すことは知っていた。でも、彼女が登場人物の気持ちをサウンドで表現できるかってことに関しては未知数だった。それで試しに3曲書いてほしいと頼んだんだけど、その中の1曲『Not My Father’s Son』を初めて聴いたとき、瞬時に涙があふれてきたよ。これこそストーリーを語る上で欠かせないものだと確信した。この曲を初めて聴いたときのことは、きっと生涯忘れないだろうな。彼女はとても豊かな人間性をもった人で、だからこそ登場人物に心を寄せて、あんなにエモーショナルな曲が書けたんだと思う。僕はシンディの書いた曲を9曲もボツにしたんだよ!(笑) でも彼女は嫌な顔ひとつせずに、さらにいい曲を書き直してくれた」
彼が作品の中で最も好きなシーンも、「Not My Father's Son」が歌われる場面だ。
「ローラとチャーリーはどちらも、『父親が望んだ存在にはなり得ていない』と感じている。ここがなぜ人々に訴えるかといえば、誰にでも父親はいるからだ。父親とは親密な人も、距離を感じている人もいるだろうけど、父親への思いには誰もが共感できるはずだよ。2人の男は『父親から見れば自分は出来損ないだ』と思っているんだけど、そんな自分を受け入れることができればすべてが変わる。ハーヴェイは映画よりもっと大きくそのテーマをふくらませていて、シンディがその意図を見事に昇華させているんだ。それから、苦労してセットや振付にこだわり、調整を重ねて6カ月もかけたベルトコンベアーのシーンも忘れがたいね」
ヒット映画のミュージカル化でいちばん大事な部分は音楽だ、と言う。
「映画になくてミュージカルにあるものといえば、オリジナルの音楽だよね。登場人物たちは自分の心情やストーリーを歌に乗せて語る。そこが観客の心を動かす、素晴らしいところなんだ。ミュージカルの魅力は音楽だから、曲がセンセーショナルでなければいい作品はできない。だから作品を作るときは、作曲家と密にやりとりをする。そして原作映画への敬意、作品の魂を曲に込めるようにしているよ。それがいちばん大事だと思う。ヒット映画をミュージカル化しても当たるとは限らないけど、最近ますます増えているのは誰も本を読まなくなったからじゃないかな(笑)。よくないことだけどね。プロデューサーの間で『これをミュージカルにしたらどう?』っていうときは、たいていDVDを渡される(笑)。本を渡されることはまずないよ。でもいま僕は、まるで映画を読んでいるような本のミュージカル化を進めているところなんだ」
これから来る来日版ならではの魅力は?
「今回の来日版カンパニーはもう2年間ツアーをやっているから、その分すごい成長を遂げているんだ。ブロードウェイと遜色ないどころか、優れているくらいさ。物語を共有して伝える彼らの姿には感動すら覚えるよ。1人でも多くの人に見てほしいね。人が生きていく上で大切なメッセージがいっぱい詰まっていて、しかも死ぬほど楽しいんだからね!」
ブロードウェイミュージカル「キンキーブーツ」〈来日版〉は10月5~30日、東急シアターオーブで上演される。詳しい情報は公式サイトへ。
http://www.kinkyboots2016.jp
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka