コラム:若林ゆり 舞台.com - 第45回
2016年7月1日更新
第45回:オードリー・ヘップバーンが演じた不朽の名画を舞台で楽しもう!
ミュージカル「マイ・フェア・レディ」は「ローマの休日」とは逆で、舞台版が先。バーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」をミュージカル化したこの作品が、ブロードウェイで初演されたのは1956年。言語学者ヒギンズ教授に正しい言葉を教わり貴婦人に変身する花売り娘、イライザを演じたのはジュリー・アンドリュースだった。オードリー・ペップバーン主演で映画化されたのは1964年のこと。演出家・菊田一夫の熱意により日本で初めて上演されたのは、映画公開よりも前の1963年9月(主演は江利チエミ)。日本で初めてのブロードウェイ・ミュージカル上演にして、東宝ミュージカルの記念すべき第1回作品だ。
この成功で同作は何度も再演を重ね、1990年から2010年までは大地真央がイライザを当たり役として演じてきた。そして日本初演から50周年を迎えた2013年、G2による新たな翻訳・訳詞・演出で、若い世代にもより共感しやすい舞台へと刷新した「リボーン版」が、霧矢大夢、真飛聖のWキャストにより上演される。今回は3年前に好評を博したこのバージョンに、さらに磨きをかけての再演となる。
筆者は小さな頃から東宝ミュージカルの「マイ・フェア・レディ」に親しんでいて(最初に見たイライザは上月晃)、岩谷時子の訳詞も大好きだった。それでも、3年前の「リボーン版」は「なるほど」と膝を打つ工夫が随所に見られ、大いに面白がれたことが強く印象に残っている。何でもかんでも変えているわけではないし、たとえば「スペインでは雨は主に荒れ野に降る」という英語の早口言葉。日本語に直訳しても多少言いにくいかなという程度で、なんで言えないのかわからない。そこをG2は考えた。コックニー訛りを江戸弁のような訛りに翻訳し、イライザは「ひ」を「し」としか言えないと設定。「スペインの雨」を「日向のひなげし」など、イライザが苦手な発音の句に置き換えたのだ。これはわかりやすい!
そして、2人のイライザ。霧矢大夢と真飛聖は、どちらも宝塚の元男役トップスターだ。どちらもとびきり明るくコメディセンスに富み、くるくるとよく変わる表情の豊かさが魅力。イライザ役にはうってつけといえる。そういえば2人とも、男版「マイ・フェア・レディ」と言われるミュージカル「ミー&マイ・ガール」で主役のビルを好演していたっけ。とはいえ、2人のイライザは(当たり前だが)かなり違う。割としっかり者できっちり計画を立て、プランに沿ってピキピキ歩こうとする、無知だけれど頭も気もいい下町娘、これが霧矢イライザの印象。対する真飛イライザはもっと自由でやんちゃ、危なっかしくて夢見がちで、放っておけない末っ子タイプに見える。それぞれチャーミングで、どちらも「正解!」と思えるイライザだったのだ。
今回、3年ぶりの再演で、作品はどう進化していくのか? 稽古場で披露してくれた抜粋シーンでのイライザ2人は、G2も言うように「3年前よりずっとキュート」。宝塚を退団して間もなかった3年前より本当にかわいらしく見えるし、女心の繊細な揺れも、コメディエンヌの本領ももっと遺憾なく発揮してくれそうだ。花売り娘の霧矢イライザが夢を歌い踊る「だったらいいな」は、躍動感とワクワク感たっぷり。ヒギンズ教授(寺脇康文)のレッスンで苦労した末、ついにうまくしゃべれるようになった真飛イライザの「じっとしていられない」は、弾けるような歓喜がビンビン伝わってくる。これは、以前「踊り明かそう」というタイトルだった曲。そして、アスコット競馬場で貴婦人として華やかに登場するも、ついつい地が出て「やらかす」霧矢イライザのおかしいことといったら!
囲み取材では、霧矢が「今回改めて向き合い、いろいろな発見をしています。さらにバージョンアップしたイライザをお見せしたい」と意気込みを語れば、真飛も「私自身、イライザをやっていて毎日とても楽しく、幸せ。お客様にも『マイ・フェア・レディ』って本当に幸せな気持ちになるな、と感じていただける舞台を作りたい」と意欲を見せた。最後に、「映画版のオードリー・ヘップバーンにライバル心は?」と聞いてみると……。
霧矢「ライバル心を持ったところでねえ」
真飛「持ったところでそれはもう、敵いませんしね(笑)」
霧矢「はい(笑)。私たちにできるイライザを目指すしか、ね」
真飛「うん」
霧矢「あちらは世界の恋人ですからね(笑)」
真飛「ですからね!」
霧矢「世界には太刀打ちできないので」
真飛「地道にコツコツとですね」
霧矢「日本で頑張ります(笑)」
息の合い方が尋常ではない2人(笑)。この2人の共演が見られないのが残念だ!
ミュージカル「マイ・フェア・レディ」は7月10日~8月7日 東京芸術劇場プレイハウスで上演。名古屋・大阪でも公演あり。詳しい情報は公式サイトへ。
http://www.tohostage.com/myfairlady/
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka