コラム:若林ゆり 舞台.com - 第43回
2016年4月26日更新
第43回:翻訳劇の女王、麻実れいが語る、ブラックコメディとしての「崩壊寸前の家族」
物語の背景となるのは、猛暑にあえぐ8月のオクラホマ。その実景や感覚をつかむのには、映画版が大きな助けになったという。
「8月のオクラホマというものを感じられたし、役者たちが非常に素晴らしくて。とくにメリル・ストリープさんの演技は本当に、とても素敵でしたね。バイオレットのいろいろな面が絶妙に演じられていて、圧倒されました。だから彼女の演技からもいただけるところはいただいて、あとは自分で足せるところは少しでも足して、KERAさんの色にうまく染まりたいなと思います。映像と舞台はまったく違いますから。根本的には同じではあるんですけれど、舞台の方が、それはそれは生(なま)なんです。生の人間が、生のお客様とその日その日の空気の中で語り合って、客席と舞台のやり取りの中で作り上げる。本物のライブ感を味わっていただけると思うんですね」
家族のぶつかり合いを描いたこの作品はまた、それを演じる役者同士がぶつかり合うことで作られていく芝居でもある。
「私の役はほぼ全員と絡む役だから、いろんな化学反応があるのね。芝居の中ではキツい言葉を投げつけたりすごい目つきをするんだけれど、この座組の仲間だからキャッチしてくれるという信頼感があるんですよ。だからある意味で、家族です。長女の秋山菜津子さんは共演経験があってよく知っているし、次女の常盤貴子さんはBSでやっていた京都の番組が好きで、親しみを持っていたんです。三女の音月桂さんは同じ宝塚の出身なんですけれど、世代が違いすぎて知らなかったの。聞いたら同じ雪組ですし、宝塚の先輩後輩は姉妹のような感覚がありますね。私、『おそるべき親たち』や『夜への長い旅路』と男の子の母親役が続いていて。子どもが異性だと溺愛してしまうんですけど、今回は女の子で同性同士なので、絶対どこかに緊張がある。私には息子がいますので、息子たちと同世代の役者さんたちとやっていると息子みたいな感覚になるんですけど、今回は娘を持つって新鮮だなと思って(笑)。長女、次女、三女って個性が全然違っているんですけど、みんな40代なのに落ち着いていないの。だから大変なんですよ、ウチは(笑)」
いまの日本は、人とぶつかり合うことを避けているようなところがあるだけに、これだけぶつかり合う家族がうらやましい気もしてくる。麻実自身は、家族と激しくぶつかり合った経験はあるのだろうか。
「ないですねえ。私自身も三姉妹の末っ子なんですけれど、高校を卒業してすぐに親元を離れて宝塚に行ってしまいましたから。家族と離れている分、母に愛情を注ぐ方にいっていましたね。でもたまに帰ると、母と姉がケンカしているのを見ることがあるんですよ。ああ、やっぱりいつも一緒にいるとぶつかり合うこともあるんだろうなって。それも親子の立場が逆転しているんです。前は親が怒っていた。いまは親が老齢になって、子どもが注意せざるを得ない。そうすると、親は年を取っているから口で負けちゃうわけですよね。本人たちは大変なんでしょうけど、ほほ笑ましいなと思って見ています。ケンカのできる家庭って、いいのかもしれませんね」
しかし、この芝居でいちばんのサプライズは、「ノーブルな貴婦人」「おっとりターコさん(本名の孝子さんより)」と言われる麻実が病に冒され、薬に溺れ、激しく怒鳴り、口汚く罵る“ヨゴレ役”に挑むということかもしれない。それでも麻実が演じるバイオレットは人間らしく、非常に愛せるキャラクターになっているに違いない。
「私が演劇にかかわってきた45年間で『クソ野郎!』なんてセリフから芝居が始まるのは初めて(笑)。でも、自分にないキャラクターなのですごく新鮮ですし、男役時代に培った強さや声の太さが助けてくれるところもあるのかなあと思います。怒鳴るってものすごく疲れるしたいへんなんですけど、すごく楽しんでいるんです。それにやっぱり、バイオレットはすごく素敵な女性だと思うのね。母親として問題はあるけど、彼女の口から発せられる言葉はものすごい真実なの。キツい言葉で罵倒しながらも、娘たちにこれ以上失敗させたくないという思いがあって、すべて的を射ているんです。ギリギリのところで経験豊かな母親という立場を死守しているような感じがしますね。嘘が全然ないんですよ」
読めば読むほど奥深さ、豊かさを感じさせるこの作品は、演じてきた役者たちに「役者のための戯曲だ」と言われてきたという。麻実ももちろん、「まったく同感」だとほほ笑む。
「普通、お芝居って主人公の成長や変化に従ってドラマができているでしょう。でもこれはそれだけじゃなくて、たとえば夫がバイオレットのために雇ったネイティブの女中さんだとか保安官だとか、脇の人たちもきちんと描かれていて、それぞれが絡みながらドラマを作っていく。舞台に立つ役者もハッキリとキャラクターや生き方をもらっているので幸せなの。『すごい作家さんだな』と思いますね。絶対に豊かな作品になると思いますので、初夏のいい季節にぜひ、楽しみにみにいらしていただけたら。キャラクターそれぞれの立場から多面的に描かれていますから、何度見ても面白いですよ!(笑)」
「8月の家族たち August:Osage County」は5月7~29日、Bunkamuraシアターコクーンで上演される(6月2~5日森ノ宮ピロティホールで大阪公演あり)。詳しい情報は劇場の作品特集サイトへ。
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/16_august/
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka