コラム:若林ゆり 舞台.com - 第40回
2016年2月1日更新
第40回:石丸幹二が「半沢直樹」の浅野支店長役を「ジキル&ハイド」の再演に活かす!
「時が来た(This is the Moment)」。ミュージカルファンならご存じ、作曲家フランク・ワイルドホーンの出世作となった「ジキル&ハイド」の名曲である。この3月、日本版の舞台で4年ぶり2度目の主演に挑む石丸幹二にとっても、まさに「時が来た」というところ。ファンにとっては「やっと!」という感じなのだが、石丸は「ちょうどいいタイミング」だと言う。
「演じる側としては、再演のスパンが1、2年ではあまり変化がないかもしれない。でも4年経っていればいろいろな経験を糧にして、成長を遂げることが可能な年数だと思うんです」
スティーブンソン原作の「ジキル&ハイド」は、人間の内面に潜む光と闇に迫った物語だ。熱血科学者のヘンリー・ジキルが精神を病んだ父親を救うため、「人間の心の善と悪とを分離する」新薬を開発。自らを実験台としたことで、自分の中からハイドという悪の人格を生みだしてしまう。'97年にブロードウェイで開幕し、瞬く間にセンセーションを巻き起こしたこのミュージカル版は、とにかく力強く、激しく、ドラマティック。とくに善と悪の2役を演じ分け、歌い分ける主演俳優にとっては「相当の覚悟がいる」作品だ。
「僕は4年前の『ジキル&ハイド』に入る前、同じくワイルドホーンの『GOLDーカミーユとロダンー』の舞台に立っていたんですが、千秋楽のときワールドホーンが楽屋に来て言うんですよ。『幹二、おめでとう。とりあえずお祝いを言うよ。なぜ“とりあえず”なのかというと、君はこの後『ジキル&ハイド』があるだろう。あれはたいへんなんだ』って(笑)。それからこうも言われました。『この役には歌唱力がいるのは当たり前。それにもちろん体力も必要だし、演技力がいる。だから若い俳優はなかなかできない。ちゃんと準備して当たらないとたいへんな思いをするよ』って。それは『幹二、がんばって挑んでこいよ』という、前向きでありがたい言葉だったんですけれどね」
この言葉を、石丸は後に「本当だった、こういうことだったんだ」と痛感することになる。
「ワイルドホーンという作曲家の特徴でもあるんですが、タイトルになる人間の舞台にいる時間と歌う曲数がかなり多いんです。袖に引っ込んでいる時間は着替えるだけで飛んでいく。そういう意味でも緊張を強いられます。それに難曲揃い。人格的に両極端を行き来するジキルとハイドでは、歌のスタイルも声もまるで違う。また、シチュエーションによって音楽ががらりと変わり、ドラマが反映されている。自分の技術と体力をコントロールすることの難しさを学びましたね。でもそのぶん、役者冥利に尽きる役なんですが」
この原作は、さまざまな映像化作品を生んでいる。「準備が整っていないと揺らいでしまう」と思った石丸は初演の前に原作を読み直し、映画を何本も見てリサーチを行った。
「映画はホラー的に作っている作品もあって、やはり観客をある程度は怖がらせなきゃいけないんだと再確認しました。最初に作られたモノクロのトーキー作品(『狂へる悪魔』)も、ハイドが恐ろしくて衝撃的でしたね。それから、2002年のジョン・ハナー主演版『ジキル博士とハイド氏』。この作品ではジキル博士とハイドの間に、“ハイドを知って混乱しているジキル博士”がいると感じたんです。この部分のキャラクターがしっかり描かれているんです。足音はするんだけど、ハイドなのかジキルなのかわからないようなところがある。そこはすごく参考になりました」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka