コラム:若林ゆり 舞台.com - 第127回
2024年12月8日更新
前回の公演から4年を経ての稽古場は、「猛スピードで進みながらすごく作品を深めていけている」という実感があるそう。
「今回、稽古の進みが早いのは、やはり4年前のことをみんなが覚えていて、だからこそセット転換も含めて迷いがない。そこがこの稽古場の強みだと思うんです。普通はいろいろ試行錯誤をしてから到達するじゃないですか。たとえば、階段に逆さ吊りになって、なじりながらセリフを言うなんて、いきなりは出ないですよ。でも、一生さんの演技をそのままやることで、そこから噛み砕いていけるのは強みですね。それに、隊長という役を、蜷川幸雄さんが演出された05年の上演時から演じておられる木場勝己さんの存在も大きい。木場さんのアドバイスからいただける気づきは、大きな財産になっています」
浦井自身はシェイクスピア作品の出演経験がかなり豊富だと言えるが、これまで演じてきた役は、「ヘンリー四世、五世、六世、七世」と、薔薇戦争で言うところの赤薔薇派、ランカスター家の人物ばかりだった。
「やっとヨーク家、白薔薇側の人間を演じることができるんだ、という喜びがありました。いつかは、とずっと思ってきましたから。リチャード三世のような人物は、生への渇望や業といったものを描きやすく、エネルギーを発散しやすい。彼の抱える闇が際立てば光が際立ち、光が際立てば闇も際立つという、相乗効果を生む役だと感じます。もちろんシェイクスピアの37作品を知っていれば『あの役だからこういうことを言うんだ、あの役のセリフをこの役に言わせているんだ、面白い!』と思える」
「また、江戸の歴史、天保年間のことを知っていれば、これもまた面白いですよ。井上さんがどれだけのことを調べ、どれだけのことを詰め込んだかがわかるから。でも、シェイクスピアも日本の歴史も知らないまま見ても、時代が移り変わる時に、どうやって人が苦しんで、もがいて、結果どういうことが巻き起こったのか。そういう人間模様を見ていただく作品として成立していると思います」
藤田版初演からの4年間にも、時代は大きく変わっている。「忖度」や「コンプライアンス」、「社会的な正しさ」が重視され、人々は欲望を露わにできない世の中になった。そんな現代の観客に、欲望のままに生きる登場人物たちは何をもたらすのだろう。
「三世次みたいな人間から学ぶことが、僕はいまの世の中だからすごくある、と感じています。いまは何が起こるかわからない世の中だし、コロナ禍を経験して余計に、いま生きていること、いまやらなければ後悔することを実践する意味を考えるようになりました。三世次を通してお客様にも『生きるってなんだろうか?』ということを感じていただけたら、この作品の持つエネルギーが生きると思うんです。この天保の世と同じように、時代が変わっていく時期には、やはりみんな悶々と悩んでいる。だからこういった爽快な闇から学ぶことがたくさんあるんじゃないか」
「しかもエピローグでは死んだ人間たちがみんな笑顔で歌って、それまでのドロドロしたものをすべて芝居として浄化するような、『祝祭劇』のパワーがありますから。こんな風にしか生きられなかった人間たちが『いまはどうでしょうか?』『どんな風に生きていますか?』と問いかけるようなメッセージを感じて、でも後味が『面白かった』と思えるような、特別な演劇体験をしていただけたら幸せです」
祝祭音楽劇「天保十二年のシェイクスピア」は12月9日~29日に東京・日生劇場で上演。その後、25年1月5日~7日に大阪・梅田芸術劇場、1月11日~13日に福岡・博多座、1月18日・19日に富山・オーパードホール、1月25日・26日に愛知・愛知県芸術劇場大ホールで上演される。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/tempo/)
で確認できる。
コラム
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka