コラム:若林ゆり 舞台.com - 第112回
2023年3月7日更新
第112回:ミュージカル界の貴公子枠から飛び出した田代万里生が「マチルダ」でブッ飛びキャラに挑戦!
「チャーリーとチョコレート工場」(原作本邦題:「チョコレート工場の秘密」)のロアルド・ダールが書いた、児童向けファンタジー小説のもうひとつの傑作、それが「マチルダは小さな大天才」。自分に無関心なトンデモ両親のもとに生まれた天才少女のマチルダが、トンデモ女校長のいる学校に入学。さまざまな困難を乗り越えて幸せをつかむまでの、摩訶不思議でワクワク感あふれる物語だ。1996年にはダニー・デビートが監督・製作・出演を務めて映画化した「マチルダ(1996)」が公開され、人気を博している。
この作品がイギリスのロンドンでミュージカル化されたのは、2010年のこと。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(以下RSC)が製作したこの舞台は、弾けるような演出で爆発的にヒット。13年にはブロードウェイに進出してトニー賞に輝き、22年には映画版「マチルダ・ザ・ミュージカル」も製作された。
そしていよいよ、この作品が日本に上陸する!
RSCのクリエイティブスタッフを招聘し、大々的なオーディションとみっちりとした稽古期間を設け、あの「ビリー・エリオット」を成功させたホリプロが打って出るのだ。これは楽しみ。今回オーディションを勝ち抜いたマチルダは、4人の小さな大天才女優たち。このほかのキャストも、マッチョで凶悪なミス・トランチブル校長役を男性のトリプルキャストが演じるなど、面白いことこの上ない。ここでは、斎藤司(「トレンディエンジェル」)とダブルキャストでミスター・ワームウッド役に挑む、田代万里生に話を聞こう。
クラシック音楽教育を受けた“ミュージカル界の貴公子”のひとりとして知られる田代が、このキョーレツなキャラクターを演じるのも一興。マチルダの父親であるワームウッドは、96年の映画版でデビートが演じていた役。田代は子どもの頃、この映画を見た記憶があるという。
「僕のなかでは『マチルダ』という名前の映画を見たという認識はできていなくて、今回見て『あれ、この映画見たことある!』と気づいたんです。男の子がチョコレートケーキを食べているシーンなどはものすごく覚えていたし、当時はダニー・デビートがいちばんお気に入りでしたね。でもまさか、そのワームウッドを自分がやるとは夢にも思いませんでした。僕がこの役をやることになったことに、自分でいちばんビックリしています(笑)」
えげつない拝金主義者のディーラーでテレビが大好き、本ばかり読んでいる娘には1ミリの興味ももたないミスター・ワームウッド。田代がイメージからかけ離れたこの役に挑もうと思ったのは、ここ数年の“脱・貴公子路線”的な経験があってこそだった。
「とくに『ジャック・ザ・リッパー』のタブロイド記者、モンロー役をやったことは大きかったですね。これをやっていなかったら、もしも『エリザベート』のフランツ・ヨーゼフのような役ばかりをやっていたら、今回のオーディションには参加していないと思います。実際、最初にオーディションの話をいただいたときはピンと来なかったんですよ。でも台本を読み込んでいくうちに、『お金、お金』とえげつないところなどモンローと共通する部分も感じましたし、いままでにない面白さがあるな、と思えてきました。お客さんが共感するのはマチルダやミス・ハニーだと思うし、ワームウッドはどちらかと言うと悪役で、暴言もいっぱい吐く。なのに、どこか憎めないキャラクターなんです。お客さんが『あいつバカだなー』と笑いながら、興味深い闇も感じ取れる。そういう風につくるのはさじ加減が難しいなと思って。やりがいを感じました」
オーディションはどんなものだった?
「最初はソロの歌、その後は芝居を『こう演じてみて』とリクエストされて、いろんなアプローチでやってみせるというのを何度か。とにかく振り切ってやるしかないと思ったので、派手な総柄の上下セットアップを着ていって、本当に最初からブッ飛ばしていきました(笑)。スチール撮影のときも、前に市村正親さんから『お客さんが行きたいと思ってくださるかどうかが決まるポスター撮りはめちゃめちゃ大事なんだ。千秋楽くらいの気持ちで行かないと』と教わっていたので、テンションマックスで挑みましたよ!」
観客としては、ワームウッドには「こんなにかわいいマチルダなのになんでよ!?」とツッコみたくなるところも大いにあるのだが、その答えは?
「僕も最初は共感点がなかなか見つからなかったんですけど、演出補のジョセフ・ピッチャーさんと話してみて発見がありました。『ワームウッドはもちろんリアルに存在している人間だけど、描かれ方としては“マチルダから見たワームウッド”なんだ』と。ここがポイントとして大事。子どもは大人のすべてを見ているわけじゃないから、子どもに見えた部分だけを切り取ったと考えれば『ああ、こういう大人って実際にいるかも』となる。そう思ったら全部が腑に落ちて、いまは何の違和感もなく演じていますね」
マチルダ役の子どもたちにも、もちろん刺激を受けている。
「まだ舞台の経験がないという子もいると思うんですけど、みんなそれぞれに個性があって、本当に素晴らしい。何も考えないでやっているように見えて、すごく考えてやっているんだろうなあと思います。先入観なく思い切って、勇気を出して子どもたちがいろいろやっているのを見ると、僕ら大人も勇気とか、忘れていた何かを思い出すんです。すごく刺激的な現場です」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka