コラム:若林ゆり 舞台.com - 第110回
2022年11月22日更新
第110回:ストイックな“鎌倉殿”こと柿澤勇人がミュージカル版「東京ラブストーリー」に命がけ!
ミュージカルの世界にはストイックな人が多いと感じてきたけれど、こんなにもストイックな俳優にはめったにお目にかかれないのではないか。そう思わせるのが、ただいま大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の“鎌倉殿”、実朝役で話題沸騰中の柿澤勇人だ。11月某日、彼は悩んでいた。ホリプロが手がけるオリジナルミュージカル「東京ラブストーリー」で“カンチ”こと永尾完治を演じるべく、稽古のまっただ中。疲れていないはずはない。それでも稽古後、汗を拭きながらインタビューに応じてくれ、「俳優人生で初めての壁にぶち当たっています」と正直な気持ちを聞かせてくれた。
この作品は、元々は柴門ふみ氏による大ヒット漫画。1991年に織田裕二、鈴木保奈美らの出演でドラマ化され、平均視聴率30%を超えて社会現象を巻き起こした名作だ。愛媛から東京に出てきた完治と、高校時代の親友・三上、片思いの相手だったさとみ、会社の同僚で自由奔放なリカとの間で繰り広げられるラブストーリーは、当時の若者たちを虜にした。この漫画を原作として、チャレンジングなミュージカル製作に定評のあるホリプロにより、30年あまりの時を経てミュージカル化されるというのだ。
「これって、すごく超えなきゃいけないハードルの高い挑戦なんですよ。オリジナル作品をゼロから作ることの大変さ、要求されることの多いミュージカルの大変さをものすごく痛感しています。毎日、かなりの変更がありますし、それに追いつかなきゃいけないし、筋も通さなきゃいけない。みんなでいろんなアイデアを出し合いながら、ああでもないこうでもないと、トライ&エラーの繰り返しです。数日前から作曲家のジェイソン(・ハウランド)が稽古に加わってくれていて。彼の曲は一度聞いたらすぐに覚えられちゃうくらいキャッチーで美しい、いい曲ばかりなんです。でも、これをこの題材で、ミュージカルとして歌うのは本当に難しい。何が正解なのかわからなくて、もがいているところです」
2015年には、やはり日本発のオリジナルミュージカル「デスノート THE MUSICAL」で主人公の月(ライト)を演じていたけれど、そのときより大変?
「比べものになりませんね。『デスノート』は事件もいっぱい起こりますし、主人公の対立する構図とか、ミュージカルの題材としてもわかりやすい。役者としても感情が入りやすいし動きやすくはなるんですけど、今回の『東京ラブストーリー』は日常のなかのラブストーリーなんです。普通の、ごくごく当たり前な出来事や感情を、ミュージカルとしてどう歌えばいいのか。仕事や恋愛をするうちにいろいろ起こりますけど、僕たちが普段、生活していて歌うレベルの感情の起伏ってそんなにないですよね(笑)? もうギリギリまで最大限もがくしかない、ってところですね」
恋愛に対しては、柿澤本人も「自分で決断できないしなかなか踏み切れなくて、どっちつかずの態度をとってしまいがち」。完治とは共通ポイントも結構あるのだとか。
「完治はちゃんと恋愛をしたことがない男で、わかりやすく言うと優柔不断。例えばあるひとりの女性と付き合っていても、もっと好きな人の方と上手くいったらそっちに流れちゃうような男なんですよ。だからお客さんはイライラするかもしれない(笑)。でもそういうのは人間的な部分だから、人間くさく演じたい。成長も見せたいと思います」
「ドラマ放映時は、リカとさとみのどっち派かということが話題だったみたいですけど、僕だったらやっぱりさとみですね。リカといると刺激的だけど、頑張ってあの自由なテンションに合わせなきゃいけないんですよ。自分の感覚と違うからこそ惹かれるっていうのはありますよね。でも結局、完治のベースとして流れているものは地方の愛媛の、自然があってせわしなくない、居心地のいい、あったかい場所。それがさとみであって、多分、本能的に求めていたんじゃないかな。僕も多分そういうタイプかなと思います。リカの一途に自分を思ってくれる気持ちはすごく感じているんですよ。でもそれに応えるのが、正直、重くなってくる。最初はすごい楽しいけど、だんだんしんどくなってくる恋愛ってあるじゃないですか。それに似たような感じなのかな」
これまでの柿澤は、どちらかというと恋愛ものより、隣に仲間がいる方がしっくり来ていたようにも思えるし、純朴キャラよりは強烈な個性や野心をもった情熱的な役が多かった。しかし「恋愛ものに対する苦手意識はない」そうで、彼の苦悩は求めるものの高さゆえだ。
「歌は魅力たっぷりなんですけど、コンサートじゃないからただ歌えばいいってものじゃない。そこに伝えるべき心情が正しく乗らないと。僕はここ2年くらい、ミュージカルから離れていました。今年やった『ブラッド・ブラザーズ』はミュージカルではありましたけど、演出の吉田鋼太郎さんは、なんならもう音楽いらないっていうぐらいで『絶対に歌うな、全部セリフでしゃべるつもりでやれ』という作品でした。だから歌うということを一切考えないこの数年だったし、自分もそれを求めていたんです。だから久しぶりにミュージカルの現場でジェイソンの曲を歌うためには、喉の筋肉を相当鍛えなきゃいけない。芝居プラス歌の技術や表現が必要だから、2カ月くらいの稽古でものにできるのか、ギリギリの闘いなんです」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka