コラム:若林ゆり 舞台.com - 第109回
2022年9月23日更新
第109回:小池徹平が3度目の「キンキーブーツ」に込めた深い思いと願い!
あの「キンキーブーツ」日本版が帰ってくる。日本人キャストによる海外ミュージカルのなかでも、この作品は特別な、記憶に残る作品だ。ブロードウェイでトニー賞を総なめにしたオリジナルがそもそも、映画のミュージカル化作品として最高峰と言える傑作。そのオリジナルも手がけたジェリー・ミッチェル演出・振付のもと、日本版が最初に幕を開けたのは2016年。このすぐ後に上演された来日公演にも引けを取らない、驚異のクオリティだった。19年にはほぼ同じキャストでさらに磨きのかかったステージを実現し、客席を文字どおり熱狂の渦に巻き込んだ。そしていよいよ、このミュージカルが日本で3度目の上演を果たす。
しかし今回の上演は簡単なことではなかった。世界的なコロナ禍のまっただ中。そして、この作品にとって「なくてはならない」はずだったキャスト――主人公・チャーリーの人生を変えるドラァグクイーン、ローラ役のオリジナルキャストとして輝きを放った三浦春馬さんの不在という、避けられない現実。チャーリー役の小池徹平にとっても、その現実は重かった。3度目の「キンキーブーツ」にどう向き合ったのか。その思いを、小池は率直に語ってくれた。
「今回、実際にプロデューサーから上演を予定通り行うという話を聞いたときは、正直、僕的には『やろう』という気持ちには、すぐにはなれなかったんです。とても素敵な作品だけど、『みなさんが楽しめるものになるのか?』と。コロナ禍でお客さんが声を出して感情を表しにくいということもあるし、春馬があれだけ情熱を傾けてつくりあげたものを、彼を抜きにしてできるのか。でもプロデューサーの思いを聞いているうちに、僕も思ったんです。春馬がすごく愛して、思いが詰まった作品だからこそ、続けていかなければいけない。今回、いろんな思いを抱えて見に来てくださる方に、そして初めて見に来てくださる方にも、『キンキーブーツ』ってすごく素敵だね、最高の作品だよねって思ってほしい。春馬もそれを望んでいるはずだから」
「でも、初演・再演をともにしたカンパニーのみんなには、僕から『やろうよ』とはとても言えなかった。そのみんながまた集まってくれて、顔合わせのとき『こういう気持ちでここにいるんです』という思いをシェアできたときは、『一歩を踏み出して本当によかったな、なんて温かくて家族みたいなんだろうなぁ』と温かい気持ちになれました」
この話を聞いているとき、筆者の頭のなかにはこのミュージカルでチャーリーが歌う「Step One」という曲が鳴り響いた。亡き父の傾いた靴工場をいきなり任されたチャーリーが、困難に立ち向かい、新たな一歩を踏み出す決意を爆発させるナンバーだ。小池自身と重なるのでは?
「僕は爆発という感じではなかったんですけどね。カンパニーのおかげで、決意はしたものの弱火中火くらいの感じだったものが、ふわーっと温まった感覚でした。相当なエネルギーがないと踏み出せなかったけど、一歩踏み出さなかったら見えないものがきっと見えると思うんです。初演のときもそうでした。求められるスキルがめちゃくちゃ高くて、こんなハイプレッシャーな作品は初めてだったんです。ジェリー・ミッチェルさんが来日する前、演出助手のD・B・ボンズさんの演出を初めて受けたときの衝撃たるや! ブロードウェイのすごさを目の前に叩きつけられたような感じで、もう忘れられないですね。ハードルがあまりに高かったので、この作品のおかげで自分のすべてのスキルが一段も二段も上がったような感じがするぐらい、大変な作品でした。今回、自分のなかで『ちゃんと使命を果たせるんじゃないかな』と思えるのは、やっぱり1回目と2回目を経験して、乗り越えてきているからだと思います」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka