コラム:若林ゆり 舞台.com - 第107回
2022年6月2日更新
第107回:ミュージカル界のプリンス・井上芳雄が名作「ガイズ&ドールズ」の二枚目ギャンブラー役で大勝負に出る!
映画ファンには「野郎どもと女たち」(1956)と言った方が馴染み深いかもしれない。デイモン・ラニヨンの短編小説を原作に、マーロン・ブランド、フランク・シナトラが共演したこのミュージカル映画(現在ハリウッドでのリメイク企画も進行中)は、実はブロードウェイの舞台版が先。1936年のニューヨーク・ブロードウェイ界隈で、クラップ・ゲーム(サイコロ賭博)に明け暮れるギャンブラーたちと女たちの恋模様を描いた、軽妙洒脱なロマンティックコメディだ。日本では84年に宝塚歌劇団が大地真央&黒木瞳のゴールデンコンビで大評判をとった初演以来、3度にわたって上演。東宝ミュージカルや来日公演も行われた人気演目である。この作品が、久しぶりに東宝ミュージカルとしてリボーンする。しかも、日本ミュージカル界が誇る超豪華キャストの競演で!
誰もが一目置く、負け知らずの二枚目ギャンブラー・スカイ役に挑むのは、“日本ミュージカル界のプリンス”こと井上芳雄。彼は賭場を仕切っているネイサン(浦井健治)にそそのかされ、救世軍のお堅い美女・サラ(明日海りお)をキューバまでデートに連れ出せるか、という賭けをする。度胸があって余裕があって、大人の色気とカッコよさの塊みたいな二枚目役は、井上にとっても新鮮な挑戦となりそう。
「本当に二枚目中の二枚目キャラクターなので、逆に『難しそうだな』と思いました。実際にやると決まったときは『どんなやりようがあるだろう?』と頭を悩ませましたね。いままで演じてきた役では『グレート・ギャツビー』のギャツビーとか、『ダディ・ロング・レッグズ』の足ながおじさん(ジャーヴィス・ペンドルトン)役などが、余裕のある大人の男という感じで近いのかもしれませんけど、そういう人たちって、実は一皮むいてみたら全然余裕がない(笑)。スカイもそういう一面はあるので、やってみると『この人もやっぱり人間だな』と思うし、『いろんな面があって面白いな』と感じながら役をつくっています。それに、これは人生を変える出会いの物語でもあるから、最初と最後でスカイの人生はガラリと変わっているんですよ。ある意味、ひとりの女性との出会いに救われたというか。そこも共感できるし、面白いと思えるところです」
映画では若かりし日のブランドが、強烈なセックス・アピールで演じていた。
「映画は昔見ているんですけど、忘れかけているからもう一度見直そうと思っています。マーロン・ブランドの『Luck Be a Lady』はやっぱり印象的ですね。とてもセクシーで。真似をしたってしょうがないから見直すのがいいのかどうか迷ってもいたんですけど、ちょっと粋な感じの仕草とか、帽子の使い方とか。そういうのは、僕たちは普段あまりすることがないので、参考にできればと思います」
今回、相手役サラを務める明日海と、ネイサンと長いあいだ婚約中のショーガール・アデレイドを演じる望海風斗は、「カッコいい」を極めた元宝塚のトップスター。ふたりから「こうすればカッコよく見える」などとアドバイスが飛んだりすることはあるのだろうか。
「まったくないですねえ(笑)。僕も『アドバイスされたりするのかな?』とか思っていたんですけど。まあ僕の方が年上なので、遠慮されているところはあると思います。それにご自分たちはいま女優としてやっていらっしゃいますから、それどころじゃないのかも。自分たちが宝塚のトップスターだったことを忘れちゃったんじゃないかっていうくらい、女優として一生懸命役と向き合っているという感じなんです、ふたりとも。それが新鮮というか。いままで知っている宝塚の方ともまた『全然違うなぁ』と思っています」
相手役として、女優としての明日海は?
「望海さんもそうなんですけど、明日海さんは宝塚時代に妹(元宝塚の初輝よしや)と同期だったので、前から知っているんです。だから『こんなに立派になられて』という気持ちもあります。でも、すごく人となりを知っていたわけではなかったので、『ああ、こういう人なんだ』という発見も日々あって。女性を演じるという意味では経験が浅いということもあってか、とても謙虚でいらっしゃいますけど、奥に秘めた芯の強さを感じますね。役としてのしっかりとした核であり、ご本人の核でもある、そういった強さが垣間見られて『ああ、素敵だな』と思います。明日海さんはもう自然に女優さんとして演じていらっしゃいますし、ストイックなところもサラにピッタリ。そのなかに、『こうありたい』という思いは強く持っていらっしゃると感じます」
実は井上がこの作品に出合ったのは、本場のニューヨーク。一家でアメリカに住んでいた中学生のとき、両親にせがんで連れて行ってもらったブロードウェイで観劇したミュージカルのひとつが、この作品だった。ピーター・ギャラガーがスカイ役、ネイサン・レインがネイサン役を務めて大ヒットしたリバイバル版だ。
「あのときのバージョンはとにかくポップなんですよ、セットも衣裳も。内容は、すべてはわからなかったんですけど、みんな爆笑しているし(笑)。カッコいいギャングのおじさんたちと華やかな女性たちのショー場面が満載で、『ああ、これが本場のミュージカルコメディなんだ』という強烈な印象を受けましたね。その後で宝塚バージョンも見たんですけど、だいぶ印象が違っていました。宝塚ではトップスターが演じるスカイが絶対的な主役なんですが、ブロードウェイではネイサン役のレインとアデレイド役のフェイス・プリンスが、トニー賞の主演男優賞と主演女優賞をダブル受賞しているんですよ。どちらかというとスカイとサラより、そっちのカップルがドッカンドッカン大爆笑をさらっていて、印象が強かったですね」
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筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka