コラム:若林ゆり 舞台.com - 第103回
2021年12月24日更新
第103回:サイレント・コメディ時代の切なくもピュアな青春に全力投球、木村達成の静かな本気が見せる輝き!
1920年代、まだ映画が色も声も持っていなかった時代。動きだけで観客を笑わせ、楽しませようと、命がけでサイレント・コメディ映画(スラップスティック)を作っている人々がいた。そんな人々の悲喜こもごもを描いた、ロマンティックで哀切なコメディ「SLAPSTICKS」は、学生時代から熱心なサイレント・コメディ・ファンだったケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が当時のフィルムメーカーたちにオマージュを捧げ、93年に初演した傑作だ。
本作が、気鋭の演出家・三浦直之(ロロ)により新たに生まれ変わって上演される。しかも今回、主役のビリーを演じるのは、「ジャック・ザ・リッパー」などミュージカル界で顕著な成長ぶりを見せつける若手注目株、木村達成。これが期待しないでいられようか。ということで、稽古真っ最中の木村に話を聞いた。
虚実を織り交ぜた物語は大きく分けて3つの層から成り立っている。“喜劇映画の父”と呼ばれたマック・セネット監督や、その恋人だった女優のメイベル・ノーマンド、太っちょの俳優ロスコー・アーバックルら喜劇映画人のドラマと、移りゆく時代の話。架空の人物である若き助監督・ビリーの不器用な恋と青春。そして18年後、青春を振り返りながら、サイレント映画の再評価を求める中年男、ビリーの話。木村が演じる青年ビリーは主人公でありながら、個性溢れる映画人たちを傍観しているような存在でもある。
「ビリーはもう、振り回されっぱなし(笑)。ただ、核として変わらずにあるのは、映画への熱い思いなんですね。とにかく映画好きで『映画界に潜り込めさえすれば何とかなると思ってた』と、セリフでも言っているんですけど、実際に映画界に飛び込んで、あの人たちを見てどうとらえたのか。ビリーとしては、最終的には監督まで登り詰めてマック・セネット・コメディーズを引き継いでやりたかったのか、それとも別の会社を立ち上げてやりたかったのか、どうしたかったのかはわからない。けど、結局のところ挫折したんですよね。それは『その時代が終わったから』とか、『その時代に生きている人たちに認められなくなってしまったから』という諦めなのかもしれないし、あるいは『あそこに居続けたかった、あの世界観のなかで熱を持ち続けたかった』からなのかもしれない。まだ答えは見つかっていないんですけど、それがはっきりと思い浮かぶまで役を突き詰めていきたいと思います。口だけではなく、それを自分が体現できるようにならなきゃなと。それこそが、この『KERA CROSS』(KERAの作品を気鋭の演出家が上演するシリーズで、本作は第4弾)の意義だと思うし、僕を主演にと導いてくださった方たちへの最大の恩返しだと思うから」
サイレント・コメディを作っていた登場人物たちは、映画に夢中になりすぎてそれ以外の部分はてんでダメという、破天荒なキャラクターだらけ。もしかしたら、ビリーよりそういった人たちの方が感情移入しやすいのかも?
「そうですね。自分も役者という仕事をさせていただいているなかで、何年経っても変わらないのは自分が演じる役に対する熱意とか、命を懸けて臨むということなんですよ。そこはこの当時の“映画バカ”の人たちと変わらないかな、と思います。まあ、その役のために死ねるかっていったら死ねないですけど(笑)、『たとえこの身滅びようとも、役に生きる』みたいな熱意は変わらない。だからビリーよりフィルムメーカーのメンバー、みんなが主役みたいな彼らの方が感情移入できるキャラクターばかりなんですね。だから最初、台本を読んだときは戸惑ったんです。でも、何年経っても変わらない、ビリーの映画に懸ける思いにはすごく共感できます」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka