劇場公開日 2024年4月26日

悪は存在しないのレビュー・感想・評価

全191件中、61~80件目を表示

4.0その地の掟を汚すことも、目撃することも憚られるのかもしれません

2024年5月13日
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鑑賞方法:映画館

知的

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Dr.Hawk

4.0ラストシーン、監督の勇気に感心した

2024年5月13日
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知的

難しい

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shige0052

3.5自然

2024年5月13日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

単純

難しい

山や川の自然と、登場人物達の自然さがマッチしていました。
初め、皆さんの棒読みに唖然としましたが、次第にその素朴さが心地よくなりました。

芸能事務所の男性は、俳優経験もあるとのことで(?)、嫌な感じも、変化していく様子も、安心してみていられました。一番人間らしくて、個人的に気に入りました。

内容は、どのようにも取れますが、描かれた事実だけ受け取っても良いかと思います。

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Mikikar

4.5水は低いところに流れる

2024年5月13日
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鑑賞方法:映画館

楽しい

興奮

幸せ

わかりやすく、面白く描かれているところもあり、登場人物それぞれの言い分も的確で、退屈することもなく、油断して観ていたら、ラストでガツンと衝撃を喰らって、呆然としなから映画館をでて、しばらくすると映画のさまざまな場面がよみがえり、新しい世界へたどり着いたような気分になる、そんな不思議な映画だった。

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ちやのゆ

4.0気持ちがザワザワする

2024年5月12日
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難しい

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nakadakan

1.0なんにも語っていない

2024年5月12日
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ふふふ。

4.0自然との共存の難しさ

2024年5月12日
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鑑賞方法:映画館

擬人化した自然がもたらす、予測不能な結末だと感じました
自然との共存しようとしても、時には地震などで命を落としてしまいます
自然は生態系のバランスを取るため、まったく悪くない人も殺してしまう。悪は存在しない、というのも、「悪い人」ではないということだと最後のシーンを見て、しばらく考えた後、思いました。なので演技が下手ではなく、なにものにも動じない自然を演じていたのですね

住民説明会までは眠たいのですが、途中から惹き込まれていきます

もう一度、観たいと思います

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ともゆき

3.5結果としての生死は重要ではない

2024年5月12日
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鑑賞方法:映画館

知的

幸せ

濱口監督は2011年の震災時に在学していた東京藝術大学からの派遣スタッフとして現地に入り津波を体験した地元住民のインタビューを大量に撮影したそうで「自然(津波)は悪?じゃ自然界の一部である人間は?」というテーマは当時からずっと抱き続けていたのだろう。記者会見でタイトルについて「普段の生活の中で考えないようなことを考えさせてくれることを期待して」と述べているけれど、観客はあまりにも考えさせられ過ぎて困る。面白い映画であることは間違いないが悲しいかなこの制作規模では「自然と人間」を描くにはあまりにもスケールが小さくちゃちくて薪割り水汲み山菜摘み果ては動かぬ剥製の鹿ではとうてい山に生きる男としての説得力を得られるものではなく、実写映画を観るというよりはむしろ挿絵付きの小説を読んで映像を補完している感覚に近い。前作「ドライブ・マイ・カー」では「イタリア式本読み」と呼ばれる感情を込めない演技指導が話題となったが、今作はまさに主人公の巧(大美賀均)が100%棒読みの素人であるのに対し、自然を蹂躙しに東京からやってくる高橋(小坂竜士)はどちらかというと大きめの芝居でそれぞれの立場を反映し対立軸がはっきりして良かった。近づいているようで、親密さを増していくかのようで、その間の溝が埋まることはない。友人と一緒に観た後居酒屋に入りエンディングの解釈で議論するにふさわしい映画で監督はそれを狙っているという狡さ。でも答えはスリーパーをかまされた高橋が発した台詞に示されている通り「なんなんだ?!」

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たあちゃん

4.5【”自覚無き悪は存在する。”長野県の架空の山麓の自然豊かな町を舞台に、大都会に住む人間の”自覚無き悪意ある業”によって起きた出来事を描いた作品。衝撃的なラストシーンは忘れ難い作品でもある。】

2024年5月12日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

難しい

■巧(大森賀均:当初はスタッフとして参加していたそうである。)は娘の花(西川玲)と”長野県の山麓の自然の恵みと共に暮らしている。
 コロナ禍で経営の苦しい芸能事務所が、政府の補助金目当てに、宅と花が住む町にグランビング場を作ろうとしたことから、父娘や町の人達の暮らしに不穏な空気が漂い始める。

◆感想<Caution!内容に触れています。>

・序盤は、巧が森の中に流れる小川で水を汲み、薪を割り、花と広葉樹、針葉樹が入り交ざる豊かな森の中を歩くシーンが、穏やかなトーンで映される。
ー だが、その中に後半キーになるショットや言葉がさり気無く含まれている。例えば、花が鹿の骨を見つけた時に”半矢の鹿だろう。”と言ったり、清涼な水の流れを映し撮ったり。-

・そこに、東京の芸能事務所の高橋(小坂竜士)と黛(渋谷采郁)が、グランビング場設置についての説明会を行いにやって来るが、浄化槽の位置や管理人が夜間いないなど、計画の不備を出席した町の人達に指摘され、這う這うの体で東京へ戻る。
 二人は、コンサルの男と事務所の社長に住民に言われた様に、再度の説明会への出席を求めるが、軽くあしらわれ再び町へ戻るのである。
ー 高橋と黛の車中での会話から、彼らが行き詰まっている事が分かるが、二人の人生観の薄っぺらさが垣間見える。特に、”俺が管理人になろうか。”などと言っている高橋である。彼らの闖入が、平穏だった町にとっては”自覚無き悪”ではないか、と私は思ったのである。-

・高橋と黛は、社長に言われた通りに、巧を懐柔しようとするが軽くあしらわれつつ、巧は彼らを冒頭のシーンで、巧とうどん屋を営む男が汲んだ”清涼な水”を使ったうどんを御馳走するのである。
ー 巧の心は、良くは分からないが高橋と黛を嫌悪している様子はない。そして、花はいつものように、森の中を一人で歩いている。巧がいつも迎えが遅い為である。巧は高橋と黛と鹿の通り道でもある、グランビング場になるであろう、森を歩く。
  そして、ここでもキーになる言葉が巧みの口から出る。”鹿は人を襲わない。但し、半矢の鹿は別だ。子が居たら尚更だ。”-

■衝撃的なラストシーンの私の解釈
・花が居なくなり町中で捜索をするシーン。徐々に暗くなる中、巧と高橋は花を探しに森に入る。探し続けた結果、漸く二人は花を見つけるが、花の前には”半矢の雄鹿”と”小鹿”がいる。
 その姿を見た巧は、高橋の首を後ろから羽交い絞めにして彼を失神させる。その後高橋は泡を吹きながら少し動くがその後動かなくなる。
 そして、アングルは血を出して倒れている花を映す。花が襲われたシーンは映されないが巧が高橋の首を絞めた前であろうと推測する。
 巧は、花が雄鹿に襲われた瞬間に、高橋を””半矢の都会の男”であり、彼らが来た為に自分が花を迎えに行く時間がいつもよりも更に遅れ、花が襲われた”と感じ、咄嗟に高橋の首を絞めたのだろうと、思った。
 巧も又、”自覚無き悪”に一瞬、成ったのであろう。彼が説明会で語っていた”バランス”が崩れた瞬間でもある。

 何度も書くが、これは私の解釈である。
 因みに濱口監督は、このシーンに関して”解釈は観客に委ねる。”と言っている。そして、私は解釈を委ねられるのが、比較的好きである。

<ラスト、巧は花を両手で抱え、森の奥に消えていく。そして、冒頭明るく下からのアングルで映された森が、下からのアングルで暗く映されるのである。
 今作の後半までの展開の面白さと、特にラストは迷宮的な仕上がりが印象的な作品である。>

<2024年5月12日 刈谷日劇にて鑑賞>

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NOBU

0.5え、つまんない 謎が多すぎるし、何が評価されたの?

2024年5月12日
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え、つまんない
謎が多すぎるし、何が評価されたの?

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とよ

4.0自然が主役級

2024年5月12日
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鑑賞方法:映画館

ル・シネマ渋谷宮下で鑑賞🎥

冒頭のカメラを真上方向に向けて木々の枝を仰ぎながらズンズン進む映像から引き込まれた感じだった。普段、真上を見ながら自然の中を歩くことなど無いので、とても新鮮な風景に見えた。
カメラは信州の山村の自然を次々と切り取って、スクリーンに映される。バックでは音楽が流れ、「これは自然を描く映画だよ」と濱口監督が言っているような映画🌿🍃🦌

「きれいな水」が山村の人々にはとても大事な生活基盤であり、薪割りして火にくべるような生活も続けている自然と人間が上手に共存している村。
そんな村にグランピング場を作ろうとする会社の人間が、山村の人々に説明会を開くが、こてんぱんにやられる会社側の2人。彼らも会社に戻ってから再び山村を訪れた時には住民側に寄り添おうとする気持ちを持ち始めるのだが……といった流れで物語は進む。

あの清流で作ったうどんorそば、食べてみたい!😊

ラストは「えっ!」という驚きで、「その後どうなるの?」はスクリーンの霧の中🌪️🌪️🌪️

自然を映した映像が素晴らしく、濱口監督なかなかの佳作であった🎥✨

<映倫No.124282>

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たいちぃ

5.0Untitled

2024年5月12日
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ブレミン

4.0確かに悪は存在しないが犯罪はある。

2024年5月11日
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鑑賞方法:映画館

難しい

寝られる

子鹿を守るために親鹿は躊躇しないだろう。
相手が猟師であろうと少女であろうと。

環境を守るために全力で抵抗する人もいるだろう。
相手が親切で好意を持っていても。

そんな抵抗や反動は悪ではない。
正当防衛行為なのだ。
それがたとえ傷害以上の行為だとしても。

野山の自然の静寂な環境の中で何かが起こることは悪ではないが、人間社会環境から見れば犯罪となってしまう。

これを理不尽、不条理という人も居れば、言われる人もいる。

いつからか自然も社会環境の一部となったからか!?

毎週、山歩きをする者として自然の社会化は、
文明の高度化と比例する故に仕方ないことと諦めるより仕方ない。

要約すると、「無用の用」 なのか? 老子

ちと、違うなぁ…

(^_^)

悪は存在しない
劇場公開日:2024年4月26日 106分

「ドライブ・マイ・カー」でアカデミー国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞、「偶然と想像」でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞するなど国際的に高く評価される濱口竜介監督が、
カンヌ、ベルリンと並ぶ世界3大映画祭のひとつであるベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)受賞を果たした長編作品。
「ドライブ・マイ・カー」でもタッグを組んだ音楽家・シンガーソングライターの石橋英子と濱口監督による共同企画として誕生した。

自然豊かな高原に位置する長野県水挽町は、
東京からも近いため近年移住者が増加傾向にあり、ごく緩やかに発展している。

代々その地に暮らす巧は、娘の花とともに自然のサイクルに合わせた慎ましい生活を送っているが、ある時、家の近くでグランピング場の設営計画が持ち上がる。
それは、コロナ禍のあおりで経営難に陥った芸能事務所が、政府からの補助金を得て計画したものだった。
しかし、彼らが町の水源に汚水を流そうとしていることがわかったことから町内に動揺が広がり、巧たちの静かな生活にも思わぬ余波が及ぶことになる。

石橋がライブパフォーマンスのための映像を濱口監督に依頼したことから、プロジェクトがスタート。
その音楽ライブ用の映像を制作する過程で、1本の長編映画としての本作も誕生した。
2023年・第80回ベネチア国際映画祭では銀獅子賞(審査員大賞)を受賞したほか、映画祭本体とは別機関から授与される国際批評家連盟賞、映画企業特別賞、人・職場・環境賞の3つの独立賞も受賞した。

悪は存在しない
劇場公開日:2024年4月26日 106分

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カール@山口三

2.0噛み応えがあるね

2024年5月11日
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同じ日に観た「あまろっく」は娘と父親の暮らしのもとに後妻が来る話。
一方、こっちは自然豊かな地区に暮らす人々のもとにキャンプ場計画が持ち込まれる話。
どちらも外界と自分達とをどうバランスを取るかという点で似てるけど、味わいは全く違う。

料理に例えるなら、「あまろっく」は劇中にでてくるハンバーグやコロッケ。みんなが好きで美味しい。けど、意外性は無いかな。

こっちは、ブロック肉と畑から掘った玉葱、ジャガイモをぶつ切りにして皿に盛ってドン!。
ラストまで観た観客は「話(調理)はもう終わり?」となったまま、どう消化するのか戸惑うばかりです。

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DKawa

3.5善と悪とは

2024年5月11日
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まこやん

3.5自分はどの人物なんだろうか。

2024年5月11日
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moonchild

3.5高橋は私だ!

2024年5月11日
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終盤の唐突な展開に大混乱。
皆さんのレビューを読み漁ってなんとか自分なりの解釈を見つけようと必死になってしまった。

巧の佇まいがすごく魅力的で高橋が憧れるのもよくわかる。高橋の浅はかさが自分を見るようでツラかった。

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てら

4.0受賞作に期待したのだけど、それほどではなかった。彼の映画は評価して...

2024年5月11日
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受賞作に期待したのだけど、それほどではなかった。彼の映画は評価しているし、映像も美しかったし、開拓民、自然との関係、芸能プロなどの設定も知的ではあったけど、途中で終わった感。主人公の何を考えているかわからない感はよかった。そして芸能プロダクションの二人のいい加減さと、社長、コンサルの薄っぺらい感じ。自然の中で生きてる住民との対比は明確。鹿の出てくる映画は多い。ここでも息を呑む美しい映像だった。

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えみり

3.0そして僕は途方に暮れる

2024年5月11日
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薪を割ったり、水を汲んだりといった、自然の中での日常生活が、長回しの映像で延々と描かれる冒頭は、正直言って眠くなる。
だが、グランピング場の開設に関する地元説明会の場面になると、ドキュメンタリータッチの映像が独特の緊張感を醸し出して、俄然面白くなってくる。
ここでは、利益を優先して自然を破壊しようとする開発者と、自分たちの生活を守ろうとする地元住民の対立構造が明確になり、前者が「悪」で後者が「善」という、物語としての構図もはっきりしてくる。
やがて、モブキャラだと思われた開発者側の担当者にスポットが当てられ、彼らが悪い人間ではないということが分かってくると、人間は単純に「善」と「悪」とに区分できないということが実感できて、映画のタイトルが意味するところも理解できたような気になってくる。
さて、それでは、この開発計画をどのように着地させるのかと思っていると、突然、少女の失踪騒ぎに物語が転調し、最後は、呆気にとられるような形でエンドロールとなる。
一体全体、この結末は、どのように解釈すればよいのだろうか?
一度薪を割ったぐらいで、自然の中での暮らしを理解したように思っている芸能事務所の男を、自称「何でも屋」の男が、不快に感じていたのは間違いないだろうが、それだけで殺意を抱くとは思えないし、ましてや、「どうしてあのタイミングで?」という疑問も残る。
もしかして、何でも屋は、不用意に手負いの鹿に近づこうとした芸能事務所の男を助けるために、彼を制止しようとしたのかもしれないが、その前に、まず、自分の娘を助けようとするのが普通だろうし、制止するにしても、気絶するまで羽交い締めにするのは不自然過ぎる。
それとも、自分の娘を犠牲にしてまで、芸能事務所の男を救おうとしたということなのだろうか?
まあ、いくら考えても「正解」はないのだろうし、作り手側も、作品の解釈を観客に丸投げして、「正解」を提示する気がないのだろう。
ただし、「起承転結」の物語としては完全に破綻しているし、そういう意味では、良くも悪くも、観客の期待を見事に裏切る映画であるということは間違いないだろう。

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tomato

4.0心地いい余白

2024年5月11日
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ハッピー