劇場公開日 2017年12月2日

希望のかなた : 映画評論・批評

2017年11月21日更新

2017年12月2日よりユーロスペースほかにてロードショー

フィンランドの心優しき酔いどれ詩人が紡ぐ、明日への希望

小津安二郎のロックンロール版、あるいはジャン・ルノワールにフィンランドのユーモアを足して酒で割った感じ。アキ・カウリスマキ映画をすごく乱暴な言い方で表現すると、こんな具合だろうか。

もちろん、その演出が荒っぽく酔いどれだと言いたいわけではない(たとえ監督がほろ酔い加減だったとしても)。それどころか、とりわけ本作の完成度はみごとだ。簡潔な話法、厳密な構図、カウリスマキ・カラーと呼びたくなるような寒色がときおりフィルム・ノワールの雰囲気を醸し出すセット、シンプルだが突き刺さる台詞といった要素の融合は、もはや名人芸。ようするに、どこを切り取ってもこの監督にしか成し得ない味わいで観る者を虜にする。

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ル・アーヴルの靴みがき」に続く移民シリーズ二作目と言われる「希望のかなた」は、どこか寓話的だった前作に比べると、よりダイレクトに今の社会を反映した厳しい批評性に満ちている。主人公カーリドはシリアからフィンランドに逃れて来た難民で、旅路の途中の混乱で妹と生き別れとなる。そんな彼を迎えるのが、官僚的で冷たい移民局と、移民排斥を唱える極右のごろつきたち。だが、そんな四面楚歌の彼を拾いあげ面倒をみるのが、ポーカーで当てたレストランのオーナー、ヴィクストロム(これぞアンチ・ヒーローにしてヒーロー)だ。ねたより山葵が大きい寿司を供するへんてこな日本料理屋は失敗するものの、やがて従業員たちに疑似家族のような結束が生まれていく。

カーリドはたんに哀れみを乞い、慈悲にすがる惨めな犠牲者ではない。尊厳をたたえた彼の存在は、結果的に周りの人々にも新たな光をもたらすのだ。

本作の原題は、The Other Side of Hope。「希望の反対側」、つまり絶望とも受け取れる。実際、解釈によってはそれを描いていると言えなくもない。だがしかし、それでもこの映画が観客の心を明るく照らしてくれるのは、カウリスマキの人間性とユーモアのみならず、彼が映画の力を信じているからに他ならないだろう。映画で世界を変えることはできなくても、人々の心をちょっとだけ変えることはできる。この映画を観たら、寿司は食べたくならないかもしれないが、きっと優しい気分になれるはずだ。

佐藤久理子

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