劇場公開日 2016年10月14日

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「言い訳したって聞いてあげない」永い言い訳 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0言い訳したって聞いてあげない

2016年10月29日
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鑑賞方法:映画館

笑える

悲しい

幸せ

寡作だが大好きな監督さん、西川美和の最新作。

この方の作品ってフグ刺しみたいだと思う。
繊細で美味しいけど、油断してるといきなり
猛烈な毒に見舞われるような、そんな怖い美味しさ
(↑聞こえは悪いけど絶賛してます)。
とはいえ今回は過去作に比べると毒は控えめで、こう、
もやもやっとした感情はそんなに残らないので、
「そういう後味の映画ヤだー」という方もご安心を。
個人的には逆に少々物足りないとも感じたが、
それはフグ毒に慣れすぎてしまった証拠かしらん。
今回の穏やかな後味もまた慈味です。

* * *

15年来の妻を突然の事故で亡くした作家。だがその
実感も悲しみも湧かず、どこか他人事のような心持ち。
それどころか悲劇のヒロイン(男だけど)となった自分
に酔ってる節もあるし、自分の軽薄な本心が世間に
バレはしないかと内心ビクビクしてる。ダメねえ。
そんな彼が、同じ事故でやはり妻を亡くした男の
家族と接する内、今まで感じられなかった喪失感
を覚えていく過程が、丁寧に丁寧に描かれる。

愚直なまでに妻を愛した男と、その
子どもたちとの交流を通して見えてくる、
妻が自分にしてくれていたこと。
共に歩めたはずの別の人生。
言えたはずの言葉。
家族の記録フィルムのようにぼんやり白んだ、
海辺でのあの幻想的なシーンに涙が出た。

* * *

だが、主人公の成長(&見事な主夫っぷり)や
妻への想いを新たにする過程が微笑ましいだけに、
あの短いメッセージは短剣のように心臓をえぐる。

相手が消えてから「大切だ」と気付き、いくら
愛し直してみせたって、突き放して言えばそれは
てめえ勝手で都合の良すぎる想いに過ぎない訳で、
そもそも死んだ相手に想いを伝える方法など無い。
相手の最期の気持ちを変えるチャンスは、
自分自身がとっくに放棄してしまってる。

泥酔した主人公が言い放つ言葉にも凍り付いた。
家族は人生の意味だが、同時に人生最大の重荷だ。
薄々思うことはあれ、いざ言葉に出されると、
その後ろめたさに倒れ込みそうになってしまう。

* * *

主人公には「俺にあの人の死を悲しむ資格があるのか」
という気持ちが奥底にずうっとあったのかもしれない。
終盤、自分には人を大切にする資格はないと自身を断罪
した上で、主人公はある人に己の為せなかった事を託す。

「そりゃ生きてりゃ色々思うよ。だけど、
 自分を大事に想う人を見くびったり
 貶(おとし)めちゃいけない。」

死んだ人に感謝を伝える方法は無いけれど、
情けない話、感謝の気持ちが涌き上がるのは、
たいていその人が死んでしまってからのこと。

髪を切ってくれて、愚痴を聴いてくれて、褒めてくれて、
励ましてくれて、ご飯を作ってくれて、お金を稼いでくれて、
心の底から叱ってくれて、他愛も無いことで笑ってくれて、
いつも隣にいてくれる。
だけど、隣にいて当たり前の人なんてほんとはいない。
その人は明日前触れもなく消えてしまうかもしれない。
誰かが隣にいてくれる事が、どれほど恵まれている事か。
そんなことを思わせてくれる映画。

<2016.10.15鑑賞>
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余談:
長くなるので省略したが、俳優陣が揃いも揃って見事。
竹原ピストルと子役2人は演技未経験だそうだが、
これまた素晴らしく役にハマっていた。

それと、やっと池松壮亮の良さが分かってきた。
達観したような目線と、さらりとしつつも
人の熱を感じさせる声音が凄く良い。
「先生それは逃避でしょう」
「子どもって男の免罪符じゃないですか」
……彼、大人のなかで一番オトナだったんじゃ。

浮遊きびなご