「ひたすらに「美しさ」を追求した、巨匠・宮崎駿渾身の一作!」風立ちぬ たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
ひたすらに「美しさ」を追求した、巨匠・宮崎駿渾身の一作!
零戦の設計者、堀越二郎の功績と恋愛を描いた長編アニメーション映画。
堀越二郎は実在の人物であるが、本作は彼の伝記映画ではない。
堀越二郎の人生と、作家・堀辰雄の自伝的作品『風立ちぬ』『菜穂子』をミックスして作り上げられた、れっきとしたフィクションである。
監督/脚本/原作は『となりのトトロ』『千と千尋の神隠し』のアニメ界のレジェンド、宮崎駿。
主人公堀越二郎の声を演じたのは、『エヴァンゲリオン』シリーズの監督で、『さくらん』など実写映画に出演経験もある、宮崎駿とも親交の深いアニメーション監督の庵野秀明。
二郎の友人、本庄の声を演じたのは『メゾン・ド・ヒミコ』『ストロベリーナイト』シリーズの西島秀俊。
二郎の所属する設計課の課長、服部の声を『海猿』シリーズや『パコと魔法の絵本』の國村隼が担当している。
第37回 日本アカデミー賞において、最優秀アニメーション作品賞を受賞!
第85回 ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞において、アニメ映画賞を受賞!
第41回 アニー賞において、脚本賞を受賞!
原作の同名漫画は未読。堀辰雄の小説も未読。ポール・ヴァレリーの詩も読んでないし、トーマス・マンの『魔の山』も読んでない。1900年〜1940年くらいの時代背景についても全く詳しくない。
この映画のレビューを書く資格をまったく持っていないような気がしますが、まぁ鑑賞してしまったのでレビューを書いてみたいと思います。
宮崎駿がアニメ制作に携わるようになって50年目という節目の年に発表された本作。
本作上映後、宮崎駿は長編アニメからの引退を発表したため、現状では本作が彼にとって最後の長編映画作品となっている(その後引退発言は撤回したが…)。
年齢的にもこれが最後だと覚悟して制作していたのであろう。宮崎駿の人生総決算という雰囲気が漂う大人な作品。
これまでの宮崎駿作品とは全く毛色の違う作品になっており、楽しいジブリ映画を求めて本作を鑑賞した観客から、批判の声が上がるのもやむを得ないだろう。
この映画、観る側のリテラシーが要求される一作。ある程度の教養がなければポカンとしてしまう場面も多々あると思う。
本作の最大の特徴、それはとにかく説明がないこと!
何やら聴き慣れない単語が出てくる!時代背景の解説は一切なし!作中で何年経過しているのかもわかりづらい!場所や時間がピョンピョンと飛ぶ!堀越二郎の心情も基本的に語られない!
観客をふるいにかけ、ついてこられないものは容赦なくおいていくという非常に不親切な映画。
『ガンダム』や『未来少年コナン』など、1話30分の連続アニメを2時間に編集した映画があるが、あれを観ているような気分に陥った。
それじゃあ、この映画がダメな映画なのかというと、そんなことはない。
説明は確かに不足しているが、そこは観ている観客にある程度の知識や読解力が有れば十分についていけるし、むしろ説明だらけでテンポの悪い作品に比べれば、何倍もスッキリした気持ちになれる。
多少わからないところがあっても、物語全体の方向性を見失うことはないので、あまり身構えずに素直な気持ちで楽しむことが大切だと思う。
ドイツ留学中に、逃亡者とそれを追う憲兵を見かける件がある。普通の映画ならその後逃げていた人と二郎が出会って物語が展開したりすると思うが、全くそんなことないですからねー。初めて観たとき驚きましたよ。えっ、さっきのシーン何?みたいな感じで。
カストルプさんとか、あんなに重要そうなキャラクターでありながら、全く説明のないまま物語から消えていきましたからね。
本当に普通の作品じゃない。映画におけるストーリー性とかどうでも良いのでしょう。
本作の主軸である菜穂子さんとの恋愛も、確かにロマンチックではあるのだが、ちょっと都合が良すぎるというかベタすぎる気もする。
確かに感動するし美しいのだが、あまりに理想的に描きすぎているきらいがある。
欠点を書いていくとダメダメな作品の様な気がしてくるが、何故かすごく感動してしまう。
その理由はやっぱり、宮崎駿が真剣に「美しいアニメ」を作ろうとしているからだと思う。
彼の持つ迸る様な熱意や、この映画に込めた想いが画面越しに伝わってくる。だから観客は無条件に涙を流してしまうのだと思う。
本作の主人公の堀越二郎は目が悪いことに対するコンプレックスを持っている。
朴念仁の様でありながら女の子にはすごく興味がある。
飛行機が大好きで大好きで堪らない。それが戦争の道具であることはわかっていながら、開発を止めることなど露程も思っていない。
このキャラクターは完全に宮崎駿自身の投影でしょう。アニメーションというものを飛行機に置き換えている。
アニメがただ消費されるだけのコンテンツであることをわかっていながら、それを作ることをやめられない。
周囲にどれだけ敵をつくっても、同じ道を歩む息子との間に大きな壁を作ってでも、ただ自らの理想である「美しいアニメ」を作ることに執着する。
ある意味、狂人ともいえる自分自身を客観的に観察し、自らを投影した主人公を生み出している。
二郎(宮崎駿本人)は大きな挫折と絶望を経験するが、最終的には愛するものから受け入れられて、自己を肯定するに至るというエンディングを迎えます。
ここに、宮崎駿の50年間にわたる葛藤と闘いの日々が込められており、それを乗り越え自らの仕事の功績を受け入れる姿勢に感動させられるわけです!
庵野秀明の声優起用に色々と物議が起こりましたが、個人的には全然アリ。
はじめこそ違和感があったけど、後半になればキャラクターとピッタリ一致してきて普通に泣かされます。
そもそも、自分のアバター的なキャラクターを普通の役者にやらせたくなかったのでしょう。唯一自分と同じような立場の存在であり、愛弟子のような存在である庵野秀明にこそ、宮崎駿は演じて欲しかったのではないでしょうか。
宮崎駿が引退を覚悟して作った作品に、ジブリファンとしては感動せざるをえません。
反戦映画か戦争賛美かだの、タバコ吸いすぎだの、左翼的だの、歴史認識が甘いだの、そんなことはどうでも良いのです。ただただ「美しいアニメ」を探求して作られた映画なのだから、外野の煩わしい言葉などどうでも良いのです。
そして、それは見事に成功しています。ここにこの映画を観て心を揺さぶられた者がいるのですから。