2013年の作品
原作をテレビドラマ化した際に付けられたタイトルが「ストロベリーナイト」で、原作は「インビジブルレイン」 見えない雨
ドラマのヒットが映画化の要因だったため、このストロベリーナイトが踏襲されたのだろうか。
内容は原作と少し違う点もあるようだが、基本的にはインビジブルレインに沿っている。
そしてこの「見えない雨」とは、主人公姫川玲子の内面を象徴していると思われる。
作中ずっと雨が降り続けているという描写
また、『ストロベリーナイト』は、原作者誉田哲也による警察小説シリーズの第1作目のタイトルであり、同名の短編小説がシリーズの出発点。
殺人事件の現場が血まみれであったことから、警察内部で「ストロベリーナイト」と呼ばれるようになったという設定。
これで3度目くらい視聴したと思うが、今でもまだ面白いと思える作品だ。
この物語には3人の重要な人物たちの共通点がある。
「地獄って見たことありますか?」
人間を動かす根源は感情だ。
社会や組織は秩序を重んじる。
このことを「真実と正義」という概念になぞらえているのがこの作品
警察の失態と隠蔽工作
この部分は非常にいい設定だったし、説得力がある。
そして「真実と正義」に対する都合のいい解釈の分岐点でもある。
これこそが、現代社愛の構造の根幹だとも言えるだろう。
義理と任侠を謳う暴力団
彼らもまた組織の人間だが、そこにいたる過程がある。
一般人よりも多く見てきた地獄が、彼らの下地でもあるだろう。
そんな彼らの一大イベントが、組長交代
派閥は政治と同じで、公務員とも同じで、大きな会社組織もまた同じ。
些細なことが一瞬で仲間を信用できなくなる。
さて、
キーパーソンの柳井健斗
彼の過去 地獄
漫画喫茶というバイトと妊娠した彼女と裏のバイト 情報屋
同じ地獄を見てきた暴力団の牧田勲
情報屋を使って様々な蝶さをしていた。
9年前の殺人事件 姉のレイプ殺人
犯人は小林充だったが、父親が起訴、自殺したことでそのまま父が犯人となる。
当時まだ高校生だった健斗は真犯人を知っていた。
しかし当時はまだ無力だった。
この展開が非常に面白い。
主人公 姫川玲子
彼女に何があったのかは映画ではオブラートに包まれるように表現されていたが、概ねそれはレイプ致傷事件だったのだろう。
冒頭 彼女が17歳の時に起きた事件によって自分という人間を再定義した言葉が語られる。
「17歳のとき、私は血と涙を流した。あの夜から、私は変わった。見えない雨が、私の中に降り続けている」
警察官になった理由と真っ赤なバッグの意味
彼女の中の闇もまた、柳井と牧田の闇と酷似していた。
人の感情 心の闇
柳井はおそらく恋人との住居を探していた。
しかし、結果的には暴力団の組長交代の抗争に巻き込まれたと言っていいだろう。
柳井が見た闇に、牧田は共感した。
このことがまわりまわって結果となった。
刺された牧田は入院したが、容体が急変してCPAとなるが、姫川は病院を去る。
この部分の姫川の心理は非常にわかりにくい。
彼女は牧田に本心を吐露した。
「アイツを殺して」
「オレが殺してやる」
姫川の本心
しかし彼女はその後、「血と同じバッグの色 絶対忘れないため 乗り越えて見せる」という。
これが牧田との違いであり、決別でもあったように感じた。
彼女が最後に菊田に言いかけた言葉は何だったのだろう?
姫川と菊田の関係は、恋愛として姫川班では噂されていたのだろう。
しかし姫川にはまだそんな気分にはなれなかった。
降り続く雨は今日もまた降っている。
見えない雨とは彼女の心の中の雨であり、未だ乗り越えられていないもの。
姫川は菊田の気持ちを知りつつも、恋愛ができるようになるには、彼女にとってはまだまだ先のことだったのだろう。
姫川は菊田に対し「私、あなたのこと…」と言いかけるが、菊田に静止される。
この後に続くのは「傷つけてしまってごめんなさい」だったように感じた。
初めての晴天
真実にたどり着き、9年前の事件がこの連続殺人事件の発端だったことがわかった。
刑事部長はいつもと同じようにこれらのことすべてを暴力団の内部抗争にして決着を図った。
しかし、「和田」は反省し、真相を語った。
こんなことができる幹部はいないだろう。
しかしそれこそが「国民が求めている」ことに間違いない。
国民の安全安心という言葉に置き換え、保身を図る構造からの脱却
「彼ら」にこの姿勢を見習ってほしい。
そして姫川は「乗り越えた」のだろう。
同時に菊田は、失恋を受取った。
これは恋愛によくある部分で、はやりタイミングのズレは結果に大きくかかわってくる。
姫川の言えなかった部分には、謝罪と共に付き合ってもいいというニュアンスがあったのかもしれないが、辞令と重なりズレが起きたことで、結果お互いの想いを鞘に納め形となったのだろう。
なかなか作りこんだプロットに加え、脚本と映像での表現は見事だった。
ただ、
牧田の腹心の部下の交錯と牧田を刺した行為は、物語を非常によくつないでいる半面、あまりにも個人的短絡行動と感じざるを得ず、やったこととのバランスがいまひとつだった。
逆に、その記憶に残らない程度の彼の行動が、この作品を何度見ても面白いと思わせる原因にもなっているのかもしれない。