華麗なるギャツビーのレビュー・感想・評価 (4)

華麗なるギャツビー

劇場公開日 2013年6月14日
97件中、61~80件目を表示 映画レビューを書く

哀しい ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

なんでも求めすぎると・・・・といいますが
彼の求めていたものは
これまでのふたりの分かれていた間の時間をなかったことにしたいというものでした。

デイジーにはブキャナンとの離婚を求めます。

でも、彼女にはそれは・・・できませんでした。
デイジーの気持ちはわからないでもありません。
ブキャナンのことも決して愛していないわけではなく、
むしろギャッツビーとのことのほうが過去のことだったのでしょうね。

最後も哀しすぎる終わり方。
でも、きっとうれしいと思った瞬間に死ねたのかなとおもうと
それは幸せなことかもしれないなと思いました。

★なっち★
★なっち★さん / 2013年6月30日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  悲しい 興奮
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

「アメリカ」を象徴する映画(゚Д゚) ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

アメリカ人なら誰もが知ってる有名な小説『ザ・グレート・ギャツビー』

1974年にロバート・レッドフォード、ミア・ファロー主演で映画化されたのを昔テレビで観たことあるけど、正直面白いとは思わなかった(;^ω^)

これ以外にも何回か映画化されてるけど、どれもそれほど高く評価されてない。

今回は『ムーラン・ルージュ』『ロミオ+ジュリエット』のバズ・ラーマンがメガホンを取って映画化。

1920年代の好景気に沸くアメリカ、特にニューヨークを舞台に、郊外の高級住宅街の豪邸で毎夜パーティを開くジェイ・ギャツビー。

それはギャツビーの昔の恋人のデイジー・ブキャナンの気を引くため。

大富豪の娘のデイジーは、ギャツビーが戦争から帰って来て無一文だったことから別れて、大金持ちのトム・ブキャナンと結婚。

そのトムの家がギャツビーの豪邸から海を挟んで向こう岸にあることから、連日連夜盛大なパーティを開いて、自分の現状を知ってもらおうとしていた。

デイジーのまたいとこで、小説家志望だったが証券会社に勤めているニック・キャラウェイはギャツビーの噂を聞きつけて、パーティに行ってみる。

海の岸から見える緑色のランプをずっと見てる男が。

それがギャツビーで、パーティで会ったことから仲が良くなる。

そのニックの計らいで、ギャツビーとデイジーは再会。

旦那のトムは田舎町の車整備工場の奥さんと不倫していて、さらに金に物を言わせて大勢の女と遊んでた。

もう愛情は冷め切ってたところに昔の男登場で、もうデイジーは止まらない(゚∀゚)アヒャ

ここまでがま~~~~~~~~ど派手。

ディカプリオ扮するギャツビーが"I'm Gatsby!"と自己紹介した途端にシャンパンがシュポーンシュポーンシュポーン!!!

花火がドカーンドカーンドカーン!!!

カメラが向こう岸の方まで空撮でぶんぶん振れまくり(・∀・)イイ!!

ラーマン監督、カメラを振り回し過ぎて頭に当たって大けがして映画の撮影がしばらく休止したとか

ヾ(≧∀≦ )ブハハッ!!ヾ(≧∀≦)ノブハハッ!!( ≧∀≦)ノブハハッ!!

『ロミオ+ジュリエット』でもど派手でロックやらヒップホップやらのBGMを使ってたわけだけど、こういうカメラワークに慣れてるはずなのに(;^ω^)

まあそれはいいとして(つ´∀`)つ

とにかくきらびやかでど派手なパーティ

デイジーが家でくつろいでるところで白いカーテンが何枚も風に揺られててなかなかデイジーの姿が出てこない辺りの外連味とわざとらしい幻想的なシーン

ニックが自分の家でギャツビーとデイジーをこっそり会わせるシーンで、これでもかと言わんばかりの花の量

そしてギャツビーが「この成り上がりもんが!!」と言われて怒るシーンで、SEが蒸気機関車の汽笛

キャハハハハッ!!(≧▽≦)彡☆バンバン

劇団☆新感線が大好きな俺としては、こういう演出大好き(・∀・)ウン!!

ところが、これは原作でもそうだけど、後半は前半の勢いや馬鹿さ加減が急に失速。

ギャツビーはデイジーとの逢瀬を満喫してたけど、旦那のトムだってそれに当然気づくわけだし、そんなの長続きするはずもない。

ギャツビーは旦那を捨てて俺と一緒にどこかに行こうと持ちかけるも、最初はデイジーも勢いでイエスと言うが・・・

ギャツビー調子こき過ぎ(ノ∀`)アチャー

いくら愛情は覚めてるとは言え子供もいるわけだし、そんなの無理に決まってる(*´・д・)*´。_。)ゥミュ

そしてトムに会って、デイジーの口から「もう愛情はない」とはっきり言わせた上で、ちゃんとけじめをつけさせようとするけど・・・

絶対無理だそんなの(;・∀・)

心ではそう思ってても、面と向かってはなかなか言えないのが人情。

つうかデイジーはギャツビーが無一文だから別れて大金持ちのトムに惹かれて行ったんだろ?

そんな女のどこに未練が??

・・・とも思わなくもないけど、中々忘れられないこともあるでしょうよ。

だとしてもだ・・・

このデイジーって女は優柔不断と言うか、結局金に流されると言うか・・・

ギャツビーとトムが大喧嘩して、それを見たデイジーはギャツビーと車に乗って帰る。

その途中産廃処理場みたいな場所を通った時に、そこで女を轢き殺してしまう∑(゚ω゚ノ)ノ

それがトムの愛人で、良く行く車修理工場の奥さん。

あとから来たトムはそれを見るが、当然自分の不倫相手だなんてことは言えない。

苦し紛れに「その車の持ち主はジェイ・ギャツビーという男だ」と言ってしまう。

実は運転してたのはデイジーで、轢き殺したのもデイジーだったことが判明。

トムは仕方なくギャツビーが運転してたことにして、デイジーには何も言わないよう釘を差す。

心配したニックがギャツビーの所に行くも、ギャツビーはもう全て悟ったような穏やかな表情。

最後に一目だけデイジーに会いたいと思いつつも、ニックが家に帰す。

そしてニックは一緒にいてあげたいが仕事があると去る。

そんな中、ギャツビーは1人でプールに入ってるところ、交通事故で死んだ奥さんの敵を取ろうとする旦那がギャツビーの家に来てギャツビーを射殺。

そして自分も拳銃自殺。

悲しいのがこの後。

ギャツビーが死んで、葬式を上げようとしても弔問客はニック以外誰も来ない。

トムとデイジーにも手紙を書くが、2人ともすでに逃亡。

電報を打っても梨のつぶて。

原作ではその後ニックがトムと再会して、この野郎をぶん殴ってやりたいという衝動に駆られるも、我慢して挨拶の握手をするというエピソードがあるけど、映画ではそれはない。

結局ギャツビーは1人の女のために悪に手を染めて大金持ちになりあがって、1度はまた手に入れたかに思えたけど、最終的にはその女のせいで、つまり2回裏切られた結果命まで落とした。

何て悲惨なんだ。・゚・(ノД`)・゚・。

大金持ちの時にはあれだけ色んな人がパーティに来てたにも関わらず、葬式には誰1人来ないというのも、人間の残酷さ、冷淡さを感じる。

ギャツビーもどうしてこんな女のために命を懸けたのか・・・

『市民ケーン』然り、『ソーシャル・ネットワーク』然り、女が元で大金持ちになるっていう話を繰り返すのがアメリカっていう国なのか?

町山智浩さん曰く、このデイジーの行動がアメリカ人の心性を象徴しているとか。

確かにアメリカ人は金のある所に行っては失敗して、さらにまた別の金のある所に行っては・・・を繰り返してるかも知れない。

ギャツビーが死んで間もなく、アメリカでは世界大恐慌が起こって、それまでの華やかな生活やら浮かれた雰囲気は一気にどん底に叩きつけられることになる。

そしてルーズベルト大統領のニューディール政策が始まって、さらに第二次世界大戦に突入していく。

この映画はニックが精神科医の診察を受けているところで、そのギャツビーのエピソードを書いていく形で進むけど、ラストでエピソードが書きあがった所で、タイプした"Gatsby"の上に"The Great"と手書きで書き足す。

ニックのギャツビーに対する粋な手向け(・∀・)ウン!!

1人の女が原因で、人生の天国と地獄を一気に味わいながら痛ましい最後を迎えた哀れな男に「偉大なギャツビー」「華麗なるギャツビー」と付けた。

アメリカ近現代史を学ぶ一級資料と言われる原作小説を、ど派手できらびやかなエンターテインメント映画に仕上げた名作(゚д゚)イーヨイイヨー

いい映画です(・∀・)イイ!!

初台験
初台験さん / 2013年6月29日 / PCから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  笑える 悲しい 楽しい
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

(´;ω;`)

可哀想な話でした(T_T)
そして女は恐ろしい(笑)
にしても衣装やセットにかなり金かかってますねー(^^)/
豪華な映画でした( ´∀`)

ひさぼう
ひさぼうさん / 2013年6月26日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  泣ける 悲しい
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

長年の純愛の行く末 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

豪奢なドレス、紙ふぶきやシャンパンが舞う華やかなパーティー、1920年当時のセレブたちが乱痴気騒ぎを起こす様子はそれだけでクラクラする。
独特の映像演出で一世を風靡した『ムーラン・ルージュ』の監督、ということだけあって、非常に特徴的です。まあ、いい意味か悪い意味かは好みによるでしょう。

純愛も純愛のストーリー。ギャツビーにはある目的があります。長年想ってきた人、デイジーと幸せになること。その為にギャツビーはデイジーに相応しい自分であるよう、すべてを整え人生をも成功させてきました。
しかし、実際にデイジーの前に登場して、一緒にいられたのはたった一夏。
世は無常。

ギャツビーは彼女が、最後まで自分を選び取ってくれる、と信じていた。
自分の姿を自分で選び取った、という自負があって、彼女も期待に応えてくれるという自信があった。
『自分がした努力の分だけ相手も返してくれる』というのは、恋愛に関しては思い込み。ギャツビーとデイジーの間の温度差にも彼は気が付かないし……恋は盲目というか……
デイジーにとっては、昔燃えた恋の思い出で、うだるような暑さを紛らわせたかっただけ。ただの面白い遊びだったのかもしれません。

建物の遠景からぐっと寄り、人物のアップに移るシーンが多用されています。
空の色、建物のライトアップは色とりどりで、雰囲気はファンタジー。
超遠景から人物像にぐいいっと寄る手法は、CGっぽく映るし、違和感も与える。リスクのある演出だと思います。しかし、それを『現実から遊離させるための演出』と受け取れば、そのファンタジーぷんぷんの香りを肯定できて、物語に一歩近づける。
だってありえないようなストーリーですもんね。
ありえない話は、ありえないなりの演出が必要。
パーティーでの騒ぎは、まるでヨーロッパの中世貴族たちの振る舞いのよう。笑い声をあげて駆け回る。既視感に襲われました。何時の時代も贅沢の仕方って変わらないんですねー。

幻想的なパーティーのシーンから一変した現実的なホテルでの口論の落差は見物です。汗が滴り、パーティーではただ華美なだけだった人物たちに生気が宿ります。
この時、舞台は春から夏へ。うだるような暑さの中でのウンザリする会話が繰り広げられます。「もう我慢できない!!」と何度も口に出されます。暑さのためでもあって、絡まった人間関係のためでもあります。暑さが登場人物たちの頭の働きを鈍らせているのか、堂々巡りの口論にはこっちまでウンザリ。
しかし、この時、暑くなければ、ギャツビーも激昂せず、デイジーもわめかなかった、そして劇的な悲劇にもつながらなかったのではないでしょうか?少なくとももう少しましな討論ができたでしょう。
この口論のシーンは非常に現実的、人生のままならさも、感情の割り切れなさも、現実のもののように描いています。物語調ではありません。もしこのシーンもパーティーのように幻想的では映画のバランスがぐちゃぐちゃだったでしょう。
現実的であるからこそ、映画が引き締まった。
幻想⇔現実の描き分けのおかげで、観客を置いてけぼりな極端なファンタジーにならない。1920年代ってやっぱり隔世の感がありますし、そこ難しいと思うんです。

金で振りまいた人気や神秘や名声は死ねばすべて終わり。死人に口なし。この世は虚飾です。生きている者の都合の良いように片付けられます。
ギャツビーにとって、様々なものが華々しく散った夏の終わり。それでも、秋になっても、友人は残った。それでよかったのでは。

勝手に脳裏に描いていた『貧乏だった自分を大昔に袖にした女へ復讐する話』ではありませんでした。
……が、楽しめました。

いずる
いずるさん / 2013年6月25日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  楽しい 興奮
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

夏の終わり ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

簡単にいえば「ひと夏のアフェア」を描いた作品である。

ひと夏の喧噪と倦怠。

舞台となった1920年代のアメリカも時代的には正に「夏」。
華やかで騒がしくて、発展が続くことを誰もが疑わなかった時代。
ブラックサーズデーが起きアメリカに冬の時代が訪れるのはもう少し先。
夏の真っ直にいる人は、夏はいつか終わる事に気づかない。
夏の日差しのような栄華を、そしていつかは終わる儚さを、バズ・ラーマンの映像は上手く捉えていたと思う。

ギャツビーも「夏」の時代にいる。
無力な子ども時代とは違う。かといって老成した大人でもない。
芽生えの春でも穏やかな秋でもなく、強い光と熱気が支配する夏。
ギャツビーは自分の夏が終わる事を認めない。
この煌めきが続く事を誰よりも一途に信じている。
成熟しきれない男。愚かで切なく、どこか憎めない。
そんなギャツビーは、ディカプリオにぴったりだった。
J・エドガーのような老獪な役には早すぎる…。かといってロミオ+ジュリエットのような若さに任せてただ叫んでいる時代は過ぎた。
夏の終わりの切なさ演じるのは、今のディカプリオこそふさわしい。(74年度版のレッドフォードは本当に本当に素敵だったけれど、格好良すぎた、隙が無さすぎた。)
今回の映画で特に良かったのは、原作とは微妙に違うギャツビーの最期だ。
デイジーからの電話がきたと勘違いしたままギャツビーは死んでいく。現実を知らぬまま、幸せの絶頂で事切れる。
愚かでも必死に生きた男への、せめてもの優しさであり餞だったのかもしれない。

そしてデイジー。
ギャツビーにとっては全てを賭けた恋でも、デイジーにとってはひと夏の倦怠を紛らわすアフェアでしかない。
キャリー・マリガン演じるデイジーは、賢くもなく強くもなく、どこにでも居そうな女、普通の女に見えた。
普通の女は、ひと夏のちょっとした情事は受け入れる事ができても、常識から逸脱した狂おしいまでの愛は受け入れる事ができない。日常の安定を揺るがすものは重た過ぎてしまう。理解出来ない。だからこそ、すんなり残酷な行動もとれてしまう。
74年度版のミア・ファローのデイジーからは苦々しい印象を受けたが、キャリー・マリガンからは苦々しさすら感じない。
ギャツビーが闘うべきもの、原作者のフィッツジェラルドが告発したかったものは、まさにこの全てを飲み込んでしまう日常ではなかったのか。常識から逸脱したものははじき出してしまう世間ではなかったのか。そう考えると、キャリー・マリガンの普通の女っぷりはある意味正解のような気がする。

最後に、ギャツビーの隣人ニックに関して。
ニックは、傍観者としてアフェアの終焉をそして夏の終わりを見届ける。
ブラックサーズデー…世界大恐慌が起きアメリカの栄華も去り冬の時代が訪れる。
人は、ギャツビーのように夏の終わりと供に消えていける訳ではない。その後果てしなく長い季節を歩まなくてはならない。
冬の時代をニックはどう生きていくのか。何を拠り所にするのか。何によって再生していくのか。これは原作には書かれていない部分である。
この原作にはない部分をあえて付け加えたのは、バズ・ラーマンの優しさだろうか。
ニックのその後を描くことで、とうの昔に夏は終わってしまった多くの私たちにも、一縷の希望を与えてくれる映画になったと思う。

小二郎
小二郎さん / 2013年6月25日 / PCから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  興奮
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 1 件)

自伝だったんですね。 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

  ギャッビ-は何度も映画化されていますが、レオ様が演じる今作品は、危険な香りが満杯です。作者自身の半生が描かれているから、あんなにも愛されている小説なんですね。スラムで育った青年には、お嬢様は豪華絢爛な高値の花に見えるのでしょう。でも、我儘で自分の手を汚さない傲慢な女性に振り回されて,稼いだ莫大な財産を全て失い最期を遂げる作者と重なっています。豪華絢爛なバズらしい作品ですが、やはりもっと主人公の生い立ちにスボットを当ててほしかったです。

yoite
yoiteさん / 2013年6月24日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  悲しい 怖い 萌える
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

映像の綺麗さを楽しむもの!

宣伝に踊らされて、ディカプリオを見たくて、見に行ったけど、ストーリー自体はそこまで面白くなくて、早く終わらないかなーっていう気持ちも芽生えたり、、、(笑)でも本当に映像はすごく綺麗で最後の切なさに対比してたなーなんて思ってました。バズ・ラーマン監督のはほんとに舞台が壮大で桁外れだなって改めて思いました。

さっくりんこ
さっくりんこさん / 2013年6月24日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  悲しい 興奮
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

良かったです。でも、、、 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

個人的にはラストシーンのキャリー・マリガンの表情に納得いかず。。。前作のミア・ファローが演じたように、長きに巻かれギャツビーの事など流し去ってしまう お嬢様・デイジーであった方が、そんな女に憧れたギャツビーの悲しみが際立つように思うんだけどなぁ。。。

Laid_backer
Laid_backerさん / 2013年6月24日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  泣ける
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

華麗なる哀しき愛

ロバート・レッドフォード版は昔見た事あるが、正直あまり覚えていない。
なので、何の先入観もナシに一本の作品として見た。

まず、豪華絢爛な映像世界はバズ・ラーマンならでは。
前作「オーストラリア」は映像・音楽センスやユーモアに欠けたが、今回の作風は「ロミオ&ジュリエット」「ムーラン・ルージュ」に近い。前半は華やか、後半は悲劇的なのも似ている。
ラーマン節の復活は嬉しい。

昔のファンにはギャツビーはレッドフォードかもしれないが、ディカプリオもなかなかハマってた。
最近男臭い役が続き、いい面構えになったディカプリオにとって久々の本格的なラブロマンス。その昔船の鼻先で世界の王子様やってた時とは違う、大人のいい男の色気が出ていた。
失われた愛を取り戻そうとする男の狂気と哀しみも体現。
僕は昔のレオより、今のレオの方がずっと好きだ。

トビー・マグワイアは物語の語り部としての役回りをきちんとこなして好感。(レオとトビーの親友共演も何だか微笑ましい)
キャリー・マリガンは可憐だし、キャリー演じるデイジーの夫ジョエル・エドガードンの傲慢と憎悪の演技は出色。
ジョーダン役エリザベス・デビッキのクールビューティーな魅力にキャリー以上に見とれた。

毎夜毎夜、盛大なパーティーを開くギャツビー。
その動機は、たった一人の女性を振り向かせる為。
愛を上手く伝えられず、質素なお茶会も派手に飾り付ける始末。
ようやく愛が再燃したと思いきや、求め過ぎる余り、愛は遠退く…。

一見華やかに見えても、その実は背徳の極み。
地位や名誉や金を手にしても、失われた愛にもがくだけ。
当時の華と陰を、一人の男の華麗ながらも哀しき愛として描く。
その何と空虚な事。

だからなのか、映画は見映えは良くても、何か胸に迫るモノに欠けた。
フィッツジェラルドの名作文学の精神を、映画がそのまま表しているとしたら、皮肉というか…。

近大
近大さん / 2013年6月23日 / フィーチャーフォンから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  悲しい 楽しい 知的
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

甘美で切ないおとぎ話のよう

前半はゴージャスな映像、中盤以降はストーリーにすっかり引き込まれ、エンドロールで思わず深いため息…。
3Dで鑑賞、冒頭から楽しませる気満々でした。豪華絢爛なパーティーに幻想的なシーン、美しく見応えがありました。劇場で観れて良かったです。

語り部であるニックの現在の姿から、その結末を予感させつつ物語は始まります。
1920年代、好景気に沸くニューヨークに現れた大富豪・ギャツビーとは何者なのか。
昔の恋人デイジーに少年のような一途な愛を捧げるギャツビー、変わらない愛を信じて。レオナルド・ディカプリオがエキセントリックにゴージャスに演じて良かったです。

彼は城を離れられない。それは、そこが彼の心の中だけにいる完璧なデイジーをしまいこんでおくドールハウス、最後の砦だからなのでしょうか。伸ばした手は何処にも届かなくて…痛ましいです。

それでもこの物語、誰に対しても公平に誠実に関わろうとするニックを通して語られることで、甘美で切ないおとぎ話のよう。ニックを演じたトビー・マグワイアが、温かく絶妙な名演でした。
ギャツビーの前に大人の男として立ちはだかるトムを演じたジョエル・エドガートンの、しっかりした存在感も印象的でした。はかなげな少女っぽさの中に大人の女の顔を滲ませるキャリー・マリガンも、二人の男の間で揺れるデイジーを上手く演じていたと思いました。

グッドラック
グッドラックさん / 2013年6月23日 / PCから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  悲しい
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

華麗なるギャツビー

レオナルド・ディカプリオ演じる主人公がとても可哀想に感じたラブストーリー。切なくて、主人公の一途な思いがひしひしと伝わってきて、最後は泣いてしまった。でも、隣人役のトビーマグワイアが唯一、彼の気持ちを察し、親身になる役どころだったのが救われた。彼だけでも、主人公の理解者がいてくれた事は嬉しかった。悲しいながらも楽しめた作品でした。

アンジー
アンジーさん / 2013年6月21日 / PCから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  泣ける 悲しい
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

華麗なる虚栄

1974年のロバート・レッドフォード版は見ていないので、ストーリーも、こんな内容だとは知らなかった。

第一次世界大戦後の1920年代。
アメリカ東部の上流階級社会。

豪壮な大邸宅で、毎日のように盛大で派手なパーティを開く謎の男、ジェイ・ギャツビー。
彼が何者なのか、誰も知らないが、 上流社会の人々が勝手に集まる。

そんな彼の隣の元管理人の家に住むニック。
そんなニックに、ギャツビーからパーティへの招待状が届く。

実は、貧しい育ちのギャツビー。
挫折をバネにして、貧しさから這い上がり、お金で物を言わせられるまでになる。

そんな彼の純粋な愛。
過去に執着して、夢を追う男ギャツビー。

宝石と絹で着飾った美しい女デイジー。
浮気な夫に悩むが、安定した生活は、なにがあっても手離せない。
物は充分にあれども、心は飢えている。

富豪の家に生まれ、遊び三昧の生活のデイジーの夫。
女グセの悪さが、とんでもない悲劇を生みだしても、悪びれることもない。

対岸のデイジー家の緑の光は、ギャツビーにとって何としても手に入れたいデイジーそのものだった。

ニックは、そんな彼らを憐れんでいたのだろうか。

煌びやかで、豪勢で、贅を尽くしたようなドレスに宝石、そんなパーティは、人々の空疎な心の裏返しか。

やがて来る世界恐慌をも予感させる、空虚さ・もの哀しさ。
バブルから経済危機を迎え、なお不安定な現在の日本。
似ているのが、また悲しい。

りりー
りりーさん / 2013年6月21日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  悲しい
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 1 件)

74年版より好きだ

1974年にロバート・レッドフォード主演で映画化されて有名だが、ギャツビーと上流階級の女性・デイジーとのロマンス、そしてそれにまつわる愛憎劇が絡み、大富豪ギャツビーの正体と目的が徐々に明かされていくミステリアスなストーリーと脚本がよくできた作品だった。今回も99%同じ内容だ。

観る前はこのドラマを3Dにする意味があるのか?と思っていたが、大邸宅の奥行やパーティの臨場感が素晴らしく、独特のしゃがれた低音が鳴り響く音楽と相まって豪華絢爛さが際立つ。洗練されたセットや小道具と衣装、さらに最新の映像技術で創り上げられた世界によって、ギャツビーの華麗なる仮面の引き剥がし甲斐が存分に出る。
ただ、冒頭の短いカット割りの連続とズームの多用は、映画が始まったばかりでまだ目が慣れていないこともあり、大きなスクリーンや前寄りの席では少しキツい。

今回の大きな目玉はキャスティングだ。
74年版も当時の人気俳優を使って話題をさらったが、今回の出演者のほうが総じて線が太い。
ディカプリオの優雅さと荒々しさを演じ分けるギャツビーはもちろんだが、キャリー・マリガンが甘味な恋のなかに女の辛さを滲み出させ、ギャツビーを憎悪するブキャナンのジョエル・エドガートンも上流階級の威厳と傲慢さを放ち風貌が安っぽくない。女性ゴルファー、ジョーダンのエリザベス・デビッキと、整備工場主の妻、マートルのアイラ・フィッシャーは対照的な美しさで魅せる。

そしてなんといってもトビー・マグワイアだ。
マグワイアが演じるのはギャツビーの隣人であり、この映画の語り部でもあるのだが、74年版よりもいっそう存在感が増し、受動的一辺倒でないところが大きい。
打算のないギャツビーに上流階級の人間とは違う魅力を感じ、徐々に彼の内面に惹かれて行くニックをマグワイアは前に出過ぎず後ろにも引かずに表現する。ギャツビーと対等といってもいい立ち位置を確保するあたり、巧い。
一途に一人の女性を愛する男のやり場のない哀しいラストが、このニックによってやや報われ溜飲が下がる。これが、たかが1%されど1%の(74年版との)違いだ。全篇を通して今作のほうが好きだ。

マスター@だんだん
マスター@だんだんさん / 2013年6月21日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  悲しい 楽しい 寝られる
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 5 件)

米国の夢と希望、レオ様久々の超純ラブストーリーは切ないが、それだけでは終わらない! ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

私の嫌いな映画10本の選定には必ず入れたい「オーストラリア」を撮ったバズ・ラーマンの新作。普通の「華麗なるギャツビー」ではないと思っていたが、やはり新解釈ラーマン作「新・華麗なるギャツビー」だった。
1920年代と言えば、日本では大正後期、1923年に関東大震災は起きた。
一方、アメリカでは1776年7月4日に独立宣言が公布されてから僅か150年足らずの時代だ。アメリカでは、正に夢の新天地で産業革命以降の近代化国家建国の理想を打ち立て、野心に燃える若者はギャツビーの様に、ひたすら自由経済の発展の中で走り抜き、その栄華を手中に収めようともがき苦しんでいた時代だろう。20年代はその栄華も頂点を迎えていた時代だ。大恐慌の嵐が来る前の最後の夢の瞬間だ。
このギャツビーが今なお、アメリカでは有名な古典文学として読み継がれて来ているのは、きっとギャツビーが、教育も無く、裸一貫から1代で財を成したアメリカンドリームを体現したヒーローだからこそ、人々は彼の生き方に魅かれるのだろう。ところで先頃映画化された「リンカーン」、この大統領も、その生い立ちが貧しい家庭でアメリカンドリームを体現した男で有る故に、歴代の人気大統領の一人に彼もその名を連ねているのだろうと思う。
そしてこの時代に生きたデイジーは、上流階級のお嬢様の象徴でもある訳だ。そのゴージャスな生活をも含めて、自分の欲望を満たしてくれる男ブキャナンの家柄と財力が、理想の男と言う解釈でちょっと身勝手な超セレブにありがちなエゴ丸出しの生き方が前面に描かれていたのが、前作の映画。
ラーマンはデイジーの生き方、それを今の女性の価値観感覚に少し近づけて描いたのが本作の見所だろうと思う。
NYのホテルで、ブキャナンは、デイジーに自分が出会う前の話はどうでも良いとギャツビーに語る。
ギャツビーには決して知る事の出来ない、ブキャナンとデイジーとの結婚生活が既に有り、その2人で築いて来た結婚生活の総てが愛の無い、嘘の生活と語れないと言う自信と誇り。
そして、デイジーも迷いも有るが、自分自身の生き方を自分の価値観で選択決定し、歩き始めようと自立する彼女の生き方の芽生えが、このシーンでは見えて来る気がした。
ギャツビーはデイジーを迎えに来る事を決意し、その目標の為に、日々汚れた裏社会との交友をも拒まず、ひたすらデイジーとの夢を一人で築いて行く。彼は約束と言うゴールを信じていたので、2人3脚のつもりでいたのだろう。しかし、待つ立場は、現実の生活に潰されそうになり、20年代の令嬢なら当たり前の選択をしたわけだ。元々切なく哀しい待たされる側と待たす側の人間の思考のベクトルの方向が違っている事に気付けなかった、いえ、気付いても、その事を信じたくなかったギャツビーの純愛の悲劇がここに有るわけだ。
劇中何度となく繰り返される言葉通り、過去は繰り返す事は出来ない。過去った過去を取り戻す事は出来ないと言うフィッツジェラルドの言葉を体現して、74年の作品とは似ていても異なる、現代版「新・ギャツビー」をラーマンは今ここに完成させた理由があるように思う。それ故に、音楽も、当時のジャズの数々を再現するのではなく、今のテイストをミックスさせている。
アメリカ社会も、過去から呪縛を解き放ち、袋小路にハマった今迄のアメリカ社会の価値ではない、新たなアメリカの生き方を模索して行くべき時代を迎えているのではないか?と示唆しているのではないだろうか?正に時代は、温故知新のターニングポイントに差し掛かっているのかも知れないと感じさせる作品だった。
嫌いだったバズ・ラーマンに脱帽!

Ryuu topiann(リュウとぴあん)
Ryuu topiann(リュウとぴあん)さん / 2013年6月20日 / PCから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  悲しい 知的
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 1 件)
  • 共感した! (共感した人 1 件)

印象が薄い。

ディカプリオが繊細と純粋を力強い虚飾で体現。

何とも虚しくて悲しいギャツビーの生き様に溜め息。

とはいえ、
豪勢な美術で散りばめた雰囲気作り、
パーティの喧騒ばかりが際立っていて、
人間の感情の機微が弱く感じた。

自由と愛を貫いた奥深い文学世界が伝わらず消化不良。

うたかたの欲望と若さの有限がやるせない後味を残しがら、
教訓めいたものばかりで辛気臭い余韻となって幕を閉じる・・・。

AKIRA
AKIRAさん / 2013年6月20日 / PCから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  悲しい 単純
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

レオ様もう少しだけ

レッドフォードの1974年のはギャツビーの立場で観た。ミア・ファローめ、なんて勝手な女って恨めしく思った。
でも今回は気づけば、キャリー・マリガンのデイジーの立場で観ていた。
「楽しかったわ、でもそろそろ潮時ね」って。

何故だろう?

昔の恋が諦めきれず、いつか彼女を手に入れようと、がむしゃらに生きてきたギャツビー。
どんな風に彼が頑張って来たかが軽く流す程度にしか描かれないのが、とても残念。彼の物語を書くトビー・マグワイアは解るったようだが、観ている方には伝わらない。
彼の魅力。彼の野望。もっとギャツビーに肩入れさせて欲しかった。

マスコミからレオ様とはもう呼ばれなくなったディカプリオ。

だからこその演技が良い。デイジーの住む向こう岸に手を翳す背中のシーンは、脆くて切ない。

レオ様…もう少し、もう少しだけ痩せてたら…たとえデイジーは去っても、私は側にいたのだけれど。

ミントユ
ミントユさん / 2013年6月19日 / フィーチャーフォンから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  悲しい 幸せ
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

雰囲気重視

私はこの映画の原作も読んだことがなく内容情報もCM予告以外無い状態で鑑賞しました。
やはりパーティシーンの豪華絢爛で華やかな様子は観ていてとても楽しかったのですが、予告でこの映画が気になって鑑賞した方は期待していたものとは違うのではないかなと思います。
もっとあっと驚くようなドンデン返しやミステリーチックな構成を期待するのではないかと…
あちこち気になる点やもっと掘り下げて欲しい点がありちょっとモヤモヤしました。
でもディカプリオ演じるギャツビーのミステリアスででも人間らしい性格ややコミカルで愛らしくクスッとできるシーン本当に良かったです。
パーティシーンよりも見所と言っても良い位。
もう一度じっくり観てみたいです。

怜
さん / 2013年6月19日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  悲しい 知的 難しい
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

ディカプリオの表情でなきゃダメかも

やっぱり映像を楽しむ映画でした。ストーリーは、様々な方が訳している超有名小説で、今回が4度目の映画化です。
しかも、このジャンルで3Dです! でもバス・ラーマン監督作品という事で納得。
超豪華な背景の中、繰り広げられる飛び出すラブストーリーになってます。
Tiffanyが〝公式ジュエリー〟となっていたり、Pradaからはドレス、Brooks Brothersからはメンズものアイテム(2,291点!)を提供してもらっているそうです。パーティーシーンは圧巻です。
そして、原作を読んだり、過去の映画化作品を観ている人が気になるシーンについては、ディカプリオは見事に劇場を静まりかえらせる名演をしています。このシーンを演じる事ができるのは、彼とジャック・ニコルソンぐらいではないでしょうか?

とにかくこれは映像を体感する映画です。(うーん、男子は退屈かもね)

shinematsuyama
shinematsuyamaさん / 2013年6月19日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  興奮 難しい
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 2 件)

バズ・ラーマンの意図は

バズ・ラーマンという監督。
「ムーラン・ルージュ」では、ニコール・キッドマンのコミカルな面と、
歌のうまさと作り物の中にある悲しさをうまく、演出していた。
「オーストラリア」では、同じくニコール・キッドマンにイギリスの貴婦人の変貌を描こうとしたが、自然や歴史の重さに押しつぶされてしまったように思う。

この「華麗なるギャツビー」は?
華美すぎる社交パーティや、でっかくて豪華すぎる自宅、
とてもエコとはいえない乗用車、虚栄に満ちたピンクスーツ
すべてが反面教師的なツールなのだ。
なんに対しての反面なのか?
それは一途に思いつめた昔の彼女への真実な愛だろう。
純粋で誠のあるLoveである。

だが、人間はひとっところにはいられない動物でもあるのだ。
クールに装っていたギャツビーが、堰を切ったように
その思いを発露する場面がある。
それを見た彼女が引いてしまう場面がある。
そう、愛は変質してしまうのだ、時間とともに。

3Dで見たのだが、その効果は雪のシーンにあるようだ。
スコセッシのヒューゴの時もそうだったが、ちらちら舞い散る雪が
前のほうに位置し、立体的な映像を作り出していた。
でも、雪にも豪華なパーティにも、さほどの感激は薄くなっていった。
映像・音響7点
俳優・演技7点
ストーリー5点
僕的にはどうも思い入れが入りにくかったです。

xtc4241
xtc4241さん / 2013年6月18日 / PCから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  笑える 悲しい
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

面白いけど…

内容は非常に面白かった。ディカプリオもマグワイアもいい演技してた!!
けど…ちょっと安易だったかな~、話が次々に予想できた。
ここまでスケールあるんだったらもうちょっとひねった結末でもよかったんじゃない??

sanosann
sanosannさん / 2013年6月18日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  楽しい 単純 興奮
  • 鑑賞方法:映画館
  • コメントする (コメント数 0 件)
  • 共感した! (共感した人 0 件)

97件中、61~80件目を表示

映画レビューを書く
このページの先頭へ

最近チェックした履歴

映画の検索履歴

他の映画を探す

映画館の検索履歴

他の映画館を探す

特別企画

採用情報