劇場公開日 2010年4月24日

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プレシャス : 映画評論・批評

2010年4月20日更新

2010年4月24日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー

牢獄だった肉体が豊かな沈黙体に。引き技と引き技の融合が眼を奪う

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プレシャス」の主人公プレシャス(ガボリー・シディベ)は異様に太っている。プレシャスは読み書きができない。プレシャスは実父にレイプされて2度も妊娠した。プレシャスは実母に激しく憎まれている。

反則か、と私は思わずつぶやいた。これだけ負の要素が詰まっていたら、ちょっとやそっとでは冷たい顔はできない。いや、反則かとつぶやくことさえ嫌味に響くのではないか。

が、「プレシャス」は、思わずシニカルになりかけた観客に眼くばせを送る。おいおい、ここでシニカルになるのは単純すぎないか、という眼くばせ。

なにしろ、通常ならば楯になってくれるはずの母親(モニーク)が鬼よりもむごい存在だ。母親は徹頭徹尾プレシャスにつらく当たる。責めて責め抜く背後には、夫を実の娘に奪われたという最悪の嫉妬が横たわっている。モニークの一貫した押し技も見ものだ。

するとプレシャスは引き技で応える。怒りや悲しみを分厚い肉に埋没させる一方、黙々と学び、黙々と前進して、こびりついていた不幸を少しずつ過去のものとしていくのだ。

いいかえれば彼女は、牢獄だった巨大な肉体を不思議なブラックホールへと変える。そう、あらゆる負の要素を吸収しつつ、他者をゆるやかに惹きつけていく豊かな沈黙体。教師(ポーラ・パットン)やソーシャルワーカー(マライア・キャリー)の好意がプレシャスの沈黙と響き合う過程には、冷笑ではとらえきれない陰翳が宿っている。その背後には、引き技を思わせるシディベの演技がある。パットンやキャリーの引き技もある。押し技と引き技のこすれ合いも眼を奪うが、引き技と引き技の融合こそ「プレシャス」の見どころだ。私は、話の筋よりも女優たちの演技が化学変化する様子にすっかり見入ってしまった。

芝山幹郎

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