「核抑止論の脆弱性を説いたブラックコメディ」博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか ジョイ☮ JOY86式。さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5核抑止論の脆弱性を説いたブラックコメディ

2018年5月8日
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偶然が重なり、本来抑止力であった核兵器による攻撃とその報復で米ソが滅亡するまでを示唆したブラックコメディ。
モノクロ映画ながら最後まで飽きずに楽しめた。

21世紀を生きている自分ですらとても他人事と割り切れず、薄ら寒さを感じてしまったクライマックス。
冷戦時代真っ只中の1964年に作られたことから想像するに、劇場公開当時このブラックコメディを笑って見れた人間は殆どいなかっただろう。

全編に流れるシニカルさと痛烈な社会批判の姿勢はキューブリックならではという他ない。
核攻撃後の地下シェルターでの生活を雄弁に語るストレンジラブの狂人っぷりも印象的だ。

核攻撃のボタンを押すのは人間には荷が重すぎるし、何より不確実性が伴う。
ならば自動報復システムにしよう…という発想は現代にも通じる問題だ。

「映画はフィクションであり、現実には起こりえない」
このテロップが意味するのはむしろ逆で、キューブリックは
「現実はノンフィクションであり、実際にも起こり得る」と言いたいんだろう。

シャイニングにおける「REDRUM」の文字と同じ。
映画とは現実の映し鏡なのだから。

ジョイ☮ JOY86式。