グリーンマイルのレビュー・感想・評価
全109件中、101~109件目を表示
ジョン・コーフィーの姿がすべて
ずいぶん前にDVDを観たのですが,先日クロエ・グレース・モレッツ主演の「キャリー」を観てキングの原作「キャリー」を再読し,その流れで「グリーン・マイル」も再読。そこから映画版へと至った次第です。
映画版は原作をおおむね忠実に再現していますが,細かな心理描写は原作小説の方が勝っているため,感動も原作に軍配が上がります。
とはいえマイケル・クラーク・ダンカンが演じるジョン・コーフィーの巨体が拝めるだけでもこの映画は一見の価値あり。ミスキャストで原作のイメージをぶち壊してしまう映画は多いですが,その点「グリーン・マイル」は心配無用。トム・ハンクス演じるポール・エッジコムもばっちりです。
うーん
ファンタジー感は予想してなかっただけに出して欲しくなかった。あの巨大さだけで十分不思議な存在感だったのに。不思議な力を法廷で使えなかったのか?と冷めてしまった。キャストはみなぴったりでよかった。
3時間まったく飽きずに観れてしまった点
死刑囚の描き方は面白いのだが
総合:60点
ストーリー: 50
キャスト: 65
演出: 70
ビジュアル: 65
音楽: 60
刑務所内の雰囲気や死刑を目前にした死刑囚たちの心境の描写とかは良かったのだが、どうもそれ以外で納得が出来ない。S・キングの原作は何がいいたいのかわからないことが時々ある。
マイケル・クラーク・ダンカン演じるジョン・コーフィの持つ超能力はいったい何? あれだけの力を持ち且つ人を助けることを厭わない性格であるならば、いくら差別の強い時代・地域とはいえ支持者・理解者が少なくとも同胞の黒人たちから出ていたでしょう。実際、白人の刑務官たちからすら短期間であれだけ支持されたわけだし、刑務所に入れられて初めて彼の理解者が出たというのがわからない。人生を終わらせたいと絶望するほど孤独でひどい生活をおくってきたというのは信じ難い。
それにそんな不幸な人物が、何故ひどい生活のために汚れてやせ細った体ではなく、あれだけの筋肉・体格で登場できたのかとも思う。プロレスラーのような筋肉維持するのってどれだけすごい鍛錬が必要なのかを、格闘技経験者の私は知っているので。どう見ても普段から栄養価の高い食事をして毎日長い時間かけて筋トレしていますという体でした。
そもそもこの刑務所の話で、そんな超能力者が出てこなければならない理由があるのだろうか。世間での高評価と異なり、私には役割も見た目も違和感ありまくりの人物でした。
また最後のトム・ハンクスの運命についても理解できなかった。何故彼だけがそうなったのか、彼はどうなるのか、それにどんな意味があるのか。釈然としません。
みえない力
小さい頃は観るたびにボロ泣きさせられてとにかく大好きな映画でした。
最近また観ると、昔のような感動はないけれど、良いなぁとしみじみ。
刑務所の悪者の二人はザマーミロな結果だけど、善人代表のようなジョンコーフィーがそういう事して良いの?そこがちょっとモヤっと。
この世界のダメなところを教えてくれるかのような作品
友達に勧められて借りた作品 泣けると言われたが泣けなかった 本来オレの方が泣くんだが、泣きの観点が違うみたいだ 幸せにする力を持つものが死に親戚のコネを傲慢に使う意地汚いやつが生きている(まぁ結局制裁はくだったが) なんて悲しき世界かな
生きることがいやになった
ジョンが最後に言っていたセリフ、「生きることがいやになった」
「生きていたくない」という言葉が頭の中に残っている。
世の中には、パーシーのようなイヤな奴もいるし、ビルのようなどうしようもない奴もいる。
その一方で、ハルの奥さんのような人が病気で死ななければならないようなことになる。
そんな世の中をみて、また、ジョンのように余計なものまで、見えてしまう、感じてしまうと、ああいったセリフがでてくるのだろう。
それぞれのグリーンマイルを歩む
勝手にキング原作映画特集3。
今回は『グリーンマイル』。
タイトルは、主人公ポールが看守を務める刑務所内にある、
牢獄と処刑室を繋ぐ緑色の床の道のりを指している。
つまり、『死への道のり』。
あらすじ等については作品紹介ページを参照されたし。
『ショーシャンクの空に』『ミスト』そして本作を
手掛けたフランク・ダラボンは、キング原作映画化
にかけては随一と言って良いかも知れない。
長大な原作を3時間弱にまとめてみせた彼はやはり
只者ではない。『双子殺人』の真相に関する
ややご都合主義な展開が際立った感はあるが、
それでも原作を忠実に映像化した彼には感謝しきり。
トム・ハンクスを筆頭に、役者陣も見事な演技を
見せる。勿論、小っちゃなウィリー君もね。
だが原作ファンとしては、
映像化して欲しかったシーンがひとつ足りない。
物語の鍵を握る巨躯の黒人ジョン・コーフィだが、
実は原作には、映画での彼の“結末”の後にもう一度、
彼が登場する場面がある。
ポールがコーフィから受け取った“力”が決して
救済などでは無かった事をまざまざと見せつける
この場面で、僕は滂沱の涙を流した。
『グリーンマイル』は人生の過酷さを描いた映画だ。
人は生き続ける限り、他者の、時には
愛する者の死を見守ってゆかねばならない。
それはある意味で自分の死を遥かに超える恐怖だ。
だが何故だか僕らは、その恐怖を目の当たりにして
なお、この人生から離脱する事を躊躇し続ける。
“死への恐怖”という言葉だけでは説明しきれない。
“生存本能”という言葉も完全に適切ではない。
何故だか僕らは、
『それでもこの長い長い人生を歩み続けねば』という
原始からの“義務”のようなものを心に抱えて生きている。
映画の最後、埋葬を見つめながらポールが語る言葉は
あまりにも、あまりにも切実だ。
「神よ、グリーンマイルは時に、あまりに長過ぎる」
だが本作は絶望の映画ではない。
僕らが人生を棄てきれない理由も
また数多く描かれるからだ。
恋人、家族、友人。僕らを微笑ませてくれる何か。
現在、そして未来の、何か美しいもの。
失っても失っても、生き続ければ希望が
あるかもしれないという拙い希望。
僕らを生かし続けるのはそんな、意識にも
上らないほどの微かな希望なのかもしれない。
長かれ短かれ、僕らは皆それぞれのグリーンマイルを歩む。
行き着く先が同じなら、できる限り顔を上げて歩め。
<了> ※2012.05初投稿
.
.
.
.
余談:
死刑囚ジョン・コーフィを演じた
マイケル・クラーク・ダンカンは
2012年9月に逝去。まだ54歳だった。
彼をこの役に推薦したのは『アルマゲドン』で
共演したブルース・ウィリスだったそうな
(ダンカンが来日した際には「日本はどうだ?」
と電話をかけてくるほど仲が良かったらしい)。
彼の見る目は確かだったと思う。
見上げるような巨躯に、いつも涙で潤んだような瞳。
そして全身から滲み出る、あの優しげな雰囲気。
原作から抜け出たかのようなはまり役だった。
まだまだ貴方をスクリーンで観たかったのに。残念だ。
「特別な力」は人を不幸にするのか?
大恐慌時代のアメリカ。
主人公が看守主任として勤務する刑務所に黒人の大男が収容されます。幼い女の子2人を殺害した罪で死刑を言い渡されたその大男は、殺人犯とは思えないような心の優しい人物でした。しかも、主人公の持病を吸い取って治してしまうという不思議な力を持っていました・・・。
大男と看守達は次第に心を通わせていき「情」が生まれます。
しかし「その日」は確実に否応無く迫ってきます。
無実だったということが判った後でも、大男は言います。
「もう、いいんだ。ひどく疲れた。」
人種差別が酷かった時代。彼はどんな気持ちで生きてきたのか?
「癒しの力」を授かった大男は、その力で周囲の人々を幸せに出来たはずなのに、何故こんなことになってしまったのか?
あまりの理不尽な結末に涙が溢れます。
大男の「命」を吹き込まれ、長い「グリーンマイル」を歩くことになった主人公ポールと鼠のMr.ジングルス。
それは、大男を救えなかったことへの「贖罪」なんでしょうか?
それとも、大男と心を通わせた「お礼」だったんでしょうか?
考えさせられます。
全109件中、101~109件目を表示