劇場公開日 2004年9月11日

「ちょっと、ひと休み」珈琲時光 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ちょっと、ひと休み

2011年3月27日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

幸せ

「悲情城市」などの作品で知られる台湾の名匠、ホウ・シャオシェン監督が、一青窃、浅野忠信を起用して描く、暖かさに満ちた群像劇。

たおやかに薫り立つ、気品のある物語である。

最小限の登場人物、台詞、展開で描かれていく本作。その随所に投げ込まれた甘美な音楽、嗅覚を刺激する湿った雨の描写、そして効果的に人間達を照らし出す光と影の世界が、観客の五感を存分に揺り動かしてくれる。

そのどれもが無理なく、無駄なく提示され、観賞を重ねるたびに観客が毎日の中で蓄積してきた経験、挫折、思い出に反映されて形を変えていく。ここまで観客一人一人の記憶によって色や、香りを変えていく映画は、稀である。

一人の女性が辿る数日間という主要な軸は用意されているが、観客はその軸に縛られることを迫られてはいない。どこにでもありそうな風景、昨日貴方の隣で笑っていたかもしれない人間達を淡々と描いていく世界の中で観客に求められているのは、「あの頃、自分を支えていた風景、世界」であったり、「あの頃、憧れていた人」を静かに、穏やかに懐古していく想像の力である。

この心の遊びがどんなに切ないか、楽しいか、嬉しいか。この作品が観客に教えてくれることは、この一点に尽きる。それは貴重で、新鮮で、嬉しい。

何かと用事に追われ、今を生きることで精一杯になっている貴方にこそ、一杯の珈琲を片手にゆったりと味わって欲しい一品である。喧騒を離れ、悩みを忘れ、本来の笑顔と心の安らぎを取り戻すために、ちょっとだけ、ひと休み。至高の幸せを、貴方へ。

ダックス奮闘{ふんとう}