コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第181回
2012年5月17日更新
第181回:サシャ・バロン・コーエンが「ディクテーター」で見せるプロ魂
サシャ・バロン・コーエンの新作コメディ映画「ディクテーター 身元不明でニューヨーク」を鑑賞した。アリ・Gやブルーノ、ボラットと個性的なキャラクターを生み出してきたコーエンの新キャラは、なんと独裁者。彼が演じるアラディーン将軍は、北アフリカの架空国家の支配者という設定で、絶大な武力と救いようのない無知を武器に、権力を維持してきた。しかし、国連で演説を行うためにアメリカに渡航したとたん、ベン・キングズレー演じる腹心の裏切りに遭い、ニューヨークの路頭に迷うことになる。果たして、世界でもっとも嫌われている独裁者は生き延びることができるか、というストーリーだ。
「ボラット」や「ブルーノ」と同様、お下劣なギャグと辛辣な風刺が織り交ぜられた、まさに彼らしい作品となっているのだが、これまでと決定的な違いがひとつある。
「ボラット」と「ブルーノ」がドキュメンタリータッチで描かれていたのに対し、今回は完全にハリウッド映画の体裁になっているのだ。「ボラット」が「華氏911」だとすれば、「ディクテーター 身元不明でニューヨーク」は「オースティン・パワーズ」なのである。
コーエンがこっちの方向に進んだ理由は想像できる。ドキュメンタリー撮影のふりをして一般人を騙すゲリラ手法は、有名人となったいまでは難しい。本人としてもハリウッド映画の手法のなかでも自分の笑いが通用することを証明したかったのだろう。
その試みが成功したかどうかは、人によって評価が異なると思う。典型的なコメディ映画の体裁を取ったことで、より広い観客層にアピールできる作品になったことは確かだ。偏狭で無知な独裁者が、ニューヨークで自らの愚かさを悟り、おまけに恋に落ちるという展開になっているからだ。ただ、疑似ドキュメンタリーがもたらす手に汗握る緊張感や、思わず目を疑うようなショッキングな展開が消えてしまったのは個人的には残念だった。
ただし、自分が作り上げたキャラクターを100%演じ上げるプロ魂はいまでも変わっていない。「ディクテーター 身元不明でニューヨーク」の記者会見にも、サシャ・バロン・コーエンはアラディーン将軍として登場。記者からの質問にすべて、独裁者目線で答えてくれた。ぜひ来日してほしいものだと思う。
「ディクテーター 身元不明でニューヨーク」は、9月7日から全国で公開。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi