ラリー・キング : ウィキペディア(Wikipedia)

ラリー・キング(Larry King、本名:Lawrence Harvey Zeiger、1933年11月19日 - 2021年1月23日<i>Larry King Fast Facts</i> CNN. May 5, 2013)は、アメリカ合衆国のブロードキャスター。世界で最も有名な放送人のひとりである。

CNNの看板トーク番組『ラリー・キング・ライブ』(Larry King Live)の番組ホストとして知られる。テレビ・ラジオの番組ホスト以外にもコラムニスト・俳優としても活躍している。

大きめの縁眼鏡・いかり肩・捲り上げた袖・サスペンダーがトレードマークで、アメリカ放送人随一とも言われる巧みな話術によりトークの帝王AFPBB・2013年5月13日、2015年7月21日観覧、マイクの名匠などの異名を持つ。

経歴

リトアニア生まれの母親とウクライナ生まれの父親との間にニューヨーク州ブルックリンに生まれる。両親ともに、ユダヤ系正教徒である。

22歳の時に、ラジオ局の働き口を求めてフロリダ州へ移り、マイアミの小さなラジオ局WAHR(現・ WMBM)に就職した。当初は雑用係として雇われていたが、アナウンサーに欠員が発生したため、1957年5月1日に初めて番組のディスクジョッキーを務めた。その後、同局のゼネラルマネージャーであったマーシャル・シモンズ(当時)から「本名のスペルが間違えやすく、名前の響きもエスニックすぎて覚えにくい」と指摘された。初日のラジオショーの開始時間の5分前にかかわらず、名前が決まらず悪戦苦闘して、近くにあった雑誌やチラシを見ていたら、マイアミ・ヘラルドに折り込まれた「King's Wholesale Liquor」というチラシが目についた事をきっかけに、芸名をラリー・キングに改名した。 ニュース専門AMラジオ局WIODで、マイアミ・ビーチのレストランを舞台にしたインタビュー番組を開始。来店客などにインタビューしていたが、番組開始から2日後、コンサートを終えてレストランに来店した当時のアイドルスターであったボビー・ダーリンへのインタビューが、初のセレブリティへのインタビューとなった。

マイアミのラジオ番組は評判となり、1960年にABCネットワーク傘下、フォートローダーデールの地元テレビ局WPLG(Channel 10)で討論番組『マイアミ・アンダーカバー』のホストを務め、今日の礎を築いた。ところが、金融取引に関係した不祥事で1971年12月20日に逮捕され、3年間放送の世界から遠ざかっている。この間、ルイジアナ州のレース場でPRディレクターを務めたり、「Esquire」誌にスポーツ記事を書く等の仕事をしている。

その後、WIODに再雇用されてラジオ界に復帰。1978年からは共同放送システム(MBS)にて全米ネットで放送された夜のトークショー番組『ラリー・キング・ショー』を担当し、全米規模で知られる存在になった。1994年まで続いたこの番組の成功により、1985年6月からCNNの『ラリー・キング・ライブ』に出演するようになるが、大量の喫煙が原因で1987年2月27日に心臓発作を起こし生死の境をさまよう。心臓のバイパス手術によって一命は取り留めたが、この時の教訓から禁煙活動や心臓病克服の活動に尽力している。

1997年5月に放送業界40周年を迎え、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに名を刻んだ。2007年5月には、放送業界50周年を記念しCNNが組んだ三つの特番において、ジョージ・H・W・ブッシュやコンドリーザ・ライス、バリー・ボンズ、セリーヌ・ディオンジョン・ボン・ジョヴィ等の著名人が祝辞を寄せた。

2010年6月29日、『ラリー・キング・ライブ』が年内に終了することを発表。12月16日、25年続いた番組の歴史にピリオドを打った。家族とより多くの時間を過ごすため終了を決意したという。今後もCNNで、特別番組などの司会活動は継続する予定である。

2017年には肺の悪性腫瘍を摘出する手術を受けた。

2019年3月に脳卒中を起こし、数週間昏睡状態に陥った。その直後には「こんな風に生きたくなかった」と自殺を考えたことを、後日明らかにした。4月23日に胸の痛みを訴え、血管形成術を受けた。

2021年1月1日、新型コロナウイルスに感染し、ロサンゼルス市内の病院に10日間入院していることが明かされた。同月23日、死去した。。

家族

キングは8度結婚(妻は7人だがエイリーン・エイキンズとは2度結婚している)しており、5人の子供と9人の孫と4人のひ孫がいた。

2020年8月23日、数週間以内に息子のアンディを心臓麻痺で、娘のチャイアを肺がんで亡くしたことを自身のインスタグラムで発表した。

出演作品

俳優として出演した主な作品。ただし、カメオ出演のようなものが多い。

映画

  • ゴーストバスターズ Ghost Busters (本人名義、1984年)
  • デーヴ Dave (1993年)
  • ジャッカル The Jackal (1997年)
  • マッド・シティ Mad City (1997年)
  • エネミー・オブ・アメリカ Enemy of the State (本人名義、1998年)
  • ブルワース Bulworth (1998年)
  • キッド The Kid (2000年)
  • アメリカン・スウィートハート America's Sweethearts (2001年)
  • ジョンQ -最後の決断- John Q (2002年)
  • シュレック2 Shrek 2 (声の出演、2004年)
  • ステップフォード・ワイフ The Stepford Wives (2004年)
  • シュレック3 Shrek The Third (声の出演、2007年)
  • アイアンマン2 Iron Man 2 (2010年)

テレビ

  • ザ・シンプソンズ The Simpsons (1991年、1994年)
  • スピン・シティ Spin City (1997年)
  • ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル The Practice (2002年)
  • ボストン・リーガル Boston Legal (2005年)
  • Law & Order:Trial by Jury (2005年)
  • Law & Order:Criminal Intent (2006年)
  • クローザー The Closer (2007年)
  • 30 ROCK/サーティー・ロック 30 Rock (2009年)
  • 大統領とバカ息子 1600 Penn (2013年)
  • アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件 The People v. O. J. Simpson: American Crime Story (2016)

著書(翻訳されたもの)

  • ブルックリンの先はどこもトウキョウ(白水社、1994年10月)
  • CNNラリー・キングの話し上手のコツ(東急エージェンシー出版部、1995年11月)

外部リンク

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