福永法源 : ウィキペディア(Wikipedia)

福永 法源(ふくなが ほうげん)、本名:福永輝義(ふくながてるよし)、別名:国司院 常照、1945年4月5日 - )は、法の華三法行の設立者、元代表。集会での「最高ですか!」の掛け声で知られる。信者に対する巨額詐欺事件で罪に問われ、2008年に実刑判決が確定し栃木県の黒羽刑務所で服役した。「よろこび家族の和=天華の救済」と名を変え、活動を続けている法の華情報 弁護士紀藤正樹のLINC!

2015年4月には、復活祭を行うなど本格的に活動を再開した。

略歴

生い立ち

1945年4月、山口県に生まれる。

山口県立宇部工業高校を卒業後、東芝の子会社である東芝アンペックスに勤務する傍ら、法政大学短期大学部を卒業。東芝アンペックスは約5年間勤務した後に退職した。1975年、24歳の時に電気関連会社「東和技研工業」を起業し、青年実業家として話題を集め、福永自身によれば「奇跡の会社誕生」と謳われたものの、手形詐欺に遭い、1979年に倒産。すべての財産を失う福永法源公式ホームページ ひとり野に咲く花 - 福永法源の歩み

法の華 創立後

1980年1月6日深夜、天声を聞いたとして、法の華を創立した。検察の主張によると福永の実母が「輝(てる)ちゃんに特別な声がきこえるという事で活動しよう」と持ちかけたことで発足したとされるが、裁判では福永本人は否定している。

1984年6月、「天声を聞く唯一の者」として埼玉県川口市で億万長者養成所というセミナーを開催した。億万長者を養成するとの研修で一般に知名度を高めた。1987年、静岡県で宗教法人の認可を受けた。1991年ころに「足裏診断」という相談者の足の裏をみて教団へ勧誘することが本格化し、2000年の逮捕時に判明した分だけで、約2万2,000人から約870億円を集金した。

1995年、平和活動への貢献に対しガンディー記念国際財団(Gandhi Memorial International Foundation)からマハトマ・ガンディー人道賞が授与された。その後、賞を贈ったヨーゲシ・ガンディーは郵便詐欺の疑いで米国で起訴されたが、その公判資料によると、福永が集めた金を日本の健康食品界の大物タナカ・ヨシオを通じてガンディーに送金し、ガンディーはその金で政界の大物に近づき、福永の権威付けに利用し、福永の布教活動の米国進出をもくろんでいたが、1990年代中ごろから福永が日本で訴訟を多数抱えるようになったことからこの計画は頓挫し、3者の間での訴訟合戦に発展したという。

民事・刑事事件へ

1996年(平成8年)、修行参加者ら290人から、総額約12億8,000万円を求める損害賠償で、静岡地方裁判所に提訴された。1999年(平成11年)12月、警視庁と静岡県警が教団施設を詐欺容疑で強制捜査した。 2000年(平成12年)1月、代表を辞任し、日本全国行脚の旅に出たが、教団に対する強制捜査の後控えていた『足裏診断』を再び行うようになった。

2000年(平成12年)5月、東京都渋谷区の教団関連施設で、詐欺罪容疑で警視庁と静岡県警察の合同捜査本部に逮捕された。福永だけが聞こえるとされた「天声」が福永や教団幹部らによる会議で決められていたことが判明し、教団の組織的詐欺性が裏付けられたとして、同時に教団幹部11人も逮捕された。

身長190センチメートルの威圧感ある体格も、カリスマ性を演出していたとされる。ローマ法王のヨハネ・パウロ2世やマザー・テレサ、インドの宗教者のサイババと一緒に写った写真も、自身の権威付けに利用していたとされる。また、後述するように、自ら歌手として活動したり映画に出演するなど、マスメディアへの露出も積極的に行っていた。

判決・刑期

2005年(平成17年)2月、東京地方裁判所で開かれた論告求刑公判で、東京地方検察庁は「宗教活動に名を借り、組織ぐるみの詐欺を推進した希代の詐欺師。反省の情は微塵もない」として、懲役13年を求刑した。同年7月、懲役12年の判決が言い渡された。

福永は控訴したが、東京高等裁判所は2006年(平成18年)12月に、1審の懲役12年を支持、控訴棄却の判決を下した。2008年(平成20年)8月、最高裁判所も、上告棄却の判決を下し、詐欺罪での刑罰が確定判決となった。

平成17年7月15日付け、東京地裁刑事事件判決【判例番号】L06035117

出所後

2014年3月、未決勾留日数が差し引かれた他、本人が前科前歴の無い初犯であった事と模範囚とされていた事から、収監されていた黒羽刑務所から出所していたと報じられている。懲役12年だが前述の未決拘留の約6年間の分が刑期に算入されたため、実際の刑期は6年弱となった。出所後、2015年4月には福永の70歳の誕生日に本人の復活祭が行われた。

2015年4月5日、キリスト復活祭の日に合わせ、TKPガーテンシティ品川にて、福永法源「復活祭」が大々的に催された。入場時には手荷物検査が行われるものものしさだったが、場内ではこの日が発売日になる福永法源の著書が販売されたり、会場では福永の過去の映像が映し出される場面もあった。幹部信者への称号授与式も行われた。

学究

  • 準学士 (法政大学短期大学部)
  • 学士 (Ba) (芸術学、パシフィック・ウエスタン大学)
  • 博士 (Ph.D.) (地球環境哲学、ホノルル大学)
  • 博士 (Ph.D.) (哲学、パシフィック・ウエスタン大学)

著書

    • 2000年1月までに約1400万部が印刷され、その多くが街頭で配布されたとされる。

など、多数。ほとんどが教団関連出版社のアースエイドから出版された。2001年3月、同社は法の華とともに東京地裁から破産宣告を受けた。2007年現在すべて絶版。

発売したCD

本人歌唱

過去に以下の4枚発売された。2007年現在すべて廃盤である。

  1. 1993年10月6日 - 万華鏡(ビクター)
  2. 1993年12月17日 - 幸福草(しあわせそう、センチュリーレコード)、1994年9月1日にバップより再発売
  3. 1995年6月1日 - 微笑み人生(バップ)
  4. 1995年12月6日 - 男の歳月(キング)

「幸福草」「微笑み人生」の2曲は一部のカラオケにも配信されていた。

楽曲提供

  • 『最高最高最高』(作詞:福永法源、作曲:石坂まさを、歌:ヘブン・パートナー。バースディアドベンチャー)
  • 『道は一筋』(作詞:福永法源、作曲:石坂まさを、歌:ヘブン・パートナー)
  • 『天声村讃歌』(作詞:福永法源、作曲:石坂まさを、歌:渡辺美香)

出演

テレビ番組

千葉テレビ放送製作の「歌のランチボックス」に自分のコーナーを持っていた(サンテレビジョンでも放送されていた。)。

ラジオ番組

  • 島田陽子ワクワクモーニング(文化放送、2015年10月4日- ) - 御意見番(不定期出演)

映画

参考文献

参考サイト

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2019/12/09 20:03 UTC (変更履歴
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