チャールズ・ベネット : ウィキペディア(Wikipedia)

チャールズ・"クレイジー・ホース"・ベネットCharles "Krazy Horse" Bennett、1979年11月23日 - )は、アメリカ合衆国の男性総合格闘家。フロリダ州オカラ出身。Fit NHB所属。

天性の勘が生み出すフェイントから繰り出される鋭く研ぎ澄まされた打撃を武器とする。その反面、グラウンドでの寝技を苦手とし、それゆえ長期参戦していたPRIDEでは序盤スタンドで優位に試合を進めるも、その後はグラウンドに引き込まれ敗れることが多かった。

来歴

1999年9月1日、プロデビュー。

2001年8月4日、King of the Cageでドゥエイン・ラドウィックと対戦し、疲労でギブアップ負け。

2004年8月6日、King of the Cageでタクミと対戦し、チョークスリーパーで一本負け。

2004年10月14日、PRIDE初参戦となったPRIDE 武士道 -其の伍-で五味隆典と対戦し、チキンウィングアームロックで見込み一本負け。

2005年5月22日、PRIDE 武士道 -其の七-で前田吉朗と対戦し、右フックでKO勝ち。

2005年9月25日、PRIDE 武士道 -其の九-のライト級(-73kg)トーナメント リザーブマッチで三島☆ド根性ノ助と対戦し、アンクルホールドで一本負け。

2005年12月11日、Gladiator Challengeで行われたKOTC世界バンタム級(-66kg)タイトルマッチでユライア・フェイバーと対戦し、チョークスリーパーで一本負けを喫し王座獲得に失敗した。

2005年12月31日、PRIDE 男祭り 2005の第0試合で総合格闘技デビューとなった金子賢と対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。試合後のバックステージでシュートボクセ・アカデミー勢との間で乱闘事件が起こり、クリスチャーノ・マルセロに三角絞めで絞め落とされた。

2006年6月4日、PRIDE 武士道 -其の十一-で川尻達也と対戦。1R開始直後にコーナーポスト上に飛び乗って座り込み川尻を挑発し、レフェリーの注意によってコーナーを降りた。しかし、2分30秒という短時間で膝十字固めで一本負け。

2007年2月10日、新団体EliteXCでKJ・ヌーンズと対戦し、右フックでKO勝ち。

2016年9月25日、RIZIN初参戦となったRIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2016 無差別級トーナメント 開幕戦にて木村"フィリップ"ミノルと対戦。開始早々木村の仕掛けた飛び膝蹴りにカウンターの右ストレートを合わせパウンドで開始6秒でKO勝ち。

人物・エピソード

  • その打撃スキルと荒々しいファイトスタイル、そして天然なのかわざとふざけているのか分からない破天荒な性格から「クレイジー・ホース(暴れ馬)」の異名を持つ。クレイジーの部分がCRAZYではなくKRAZYなのは、「普通のクレイジーよりもさらにクレイジーだから」(本人談)。また、彼は赤をシンボル・カラーとするアメリカの二大ストリートギャングの一つ、ブラッズに所属していた過去があり、ブラッズが敵対組織クリップスを表す「C」を使うことをタブーとしているため、との説もある。
  • 2005年12月31日以降、シュートボクセ・アカデミーのメンバー達と確執をもつ。特にヴァンダレイ・シウバとは犬猿の仲であり、シウバを連想させるものを激しく忌み嫌う。バックステージではシウバと喧嘩をすることも多い。
  • 数々の逮捕歴を持つ。インタビューで「人生楽しければいいのさ。でも俺の人生は刑務所生活ばっかり」と笑いながらコメントしていた。
  • 元恋人との間に3人の子供が居るが、養育費を支払っていないことで訴訟を起こされており、来日しようとした際に空港でパスポートと運転免許証を没収され、出場が決定していたシュートボクシングの大会の欠場を余儀なくされたと言うエピソードがある。
  • 俳優の金子賢との対戦が決定した時には「カネコは俳優なんだろ?なんでキャリアのないアイツがいきなり試合できるんだ?俺だって俳優になりたいがいきなり映画デビューはできないだろ?」と語ったことがある。

戦績

関連項目

  • 男子総合格闘家一覧
  • PRIDE選手一覧

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2020/11/23 05:03 UTC (変更履歴
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