ジョン・リグビー : ウィキペディア(Wikipedia)

ジョン・フランクランド・リグビー(、 - )は、イギリスの数学者、(ウェールズ大学の一部だった時代以前からの)カーディフ大学の学者。

幾何学の分野で活躍し、数学と装飾芸術の関係の権威であった。1989年から1996年の間は、の全国長官を務めた。

生い立ち

1933年、現在はグレーター・マンチェスターの一部であるランカシャーので、1931年ボルトンで結婚したフレッド・フランクランド・リグビー(Fred Frankland Rigby)とベッシー・M・ハドキンソン(Bessie M. Hodkinson)夫妻の息子として生まれた"Rigby John F /Hodkinson" in Register of Births for Bolton Registration District, vol. 8c (1933), p. 495; "Rigby Fred F. & Hodkinson Bessie M." in Register of Marriages for Bolton Registration District, vol. 8c (1931), p. 889。で教育を受け、ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジで学士号を取得した。トリニティ・カレッジで博士研究を続け、1958年にの監督の下で博士論文『Theory of Finite Linear Groups』を完成させた。 この論文を完成させる間に、リグビーは政府通信本部で職を得ている。

経歴

1959年、リグビーは最初の学者職として、カーディフのサウス・ウェールズ大学数学校の講師に抜擢された。1996年にこの役職から身を引いたものの、幾年間パートタイムで職を続けていた。リグビーは自身のキャリアのなかで、ユークリッド幾何学に関する論文を多く発表した。また、数学と装飾芸術、特にやのインターフェイスの第一人者で、和算の幾何学にも興味を示していた。彼は、トルコや日本、フィリピン、シンガポール、カナダなどの大学を訪問していた。

リグビーは、黒板に複雑な共線と完璧な円を描いて複素解析の講演を行った。彼は、 "magnificently accurate diagrams"(著しく正確な図)を書くことができた。彼は、の活発的な会員であった。1970年代は数学協会のカーディフ支部長を、1989年から1996年までは全国長官を務め、会議では自身の数学の成果を発表したこともあった。リグビーは度々Mathematical Gazetteで提起された問題に解をもたらしていた。死亡記事では、リグビーの研究論文について、次のように述べている。"distinguished by their precision, concise style, and freedom from jargon".とともに、リグビーはを実現したBranko Grünbaum, J. F. Rigby, "The real configuration (214)" in Journal of the London Mathematical Society 41 (Series 2) (1990), 336–346, link.。リグビーによって発見された定理における点はによって"the Rigby point"と名付けられているRoss Honsberger, "The Rigby Point" §11.3 in Episodes in Nineteenth and Twentieth Century Euclidean Geometry (Washington, DC: The Mathematical Association of America, 1996, ), pp. 132–136; "Rigby Points" at mathworld.wolfram.com. Retrieved 4 June 2019。 アドリアン・オールドノウ(Adrian Oldknow)はソディ三角形と関連している、ソディ線上のある2点を"inner and outer Rigby points"と名付けたA. Oldknow, "The Euler–Gergonne–Soddy Triangle of a Triangle" in American Mathematical Monthly 103 (1996), 319—329。

退職後リグビーはパーキンソン病に悩まされ始めたが、依然として国際会議に必要とされていた。友とともに、カーディフ大学のの数学クラブの責任者を務め、、ランダフ、やモンマスの学校の学生を引きつけた。会議の参加者は欠点のない問題の解法を提供しただろうが、リグビーはよりエレファントな解法を示して、観衆に感嘆し息を呑ませただろう("would produce far more elegant ones, drawing gasps of admiration from the audience")。

私生活

リグビーは聖歌隊で歌い、聖歌隊のために歌を書いていた。芸術への数学的興味から、 彼は独自の模様とデザインを創り、クリスマスカードに変えた。これをに刺繍する人もいた。また、フォークダンス会にも所属して、湖水地方などでのランブリングを楽しむこともあった。

2014年12月29日、リグビーはで没した。享年81。葬儀は、2015年1月13日に行われ、聖職者はでカーディフの首席司祭のが務めた。没時に住んでいた場所は、5, Cathedral Court, Cathedral Green, Llandaff, CardiffJohn Frankland RIGBY at companieshouse.gov.uk. Retrieved 2 May 2019。

主な出版物

  • J. F. Rigby, "A Concentrated Dose of Old-Fashioned Geometry" in The Mathematical Gazette 57, 402 (December 1973) 296–298
  • J. F. Rigby, "On the Money–Coutts Configuration of Nine Anti-Tangent Cycles" in Proceedings of the London Mathematical Society, 43 (Series 3), 1 (July 1981) 110–132,
  • J. F. Rigby, "The geometry of cycles, and generalized Laguerre inversion" in C. Davis, B. Grünbaum, F. A. Sherk, The Coxeter Festschrift (Berlin: Springer, 1981), 355–378
  • J. F. Rigby, "The three circle theorem" in Mathematics Magazine 55 (1982), 312
  • John Rigby, "Napoleon revisited," in Journal of Geometry 33 (1988), 126–146
  • , J. F. Rigby, "The real configuration (214)" in Journal of the London Mathematical Society 41 (Series 2) (1990), 336–346,
  • John F. Rigby, "Tritangent centres, Pascal's theorem and Thebault's problem" in Journal of Geometry (November 1995) 54:134
  • John F. Rigby, "Brief notes on some forgotten geometrical theorems" in Mathematics and Informatics Quarterly 7 (1997) 156–158
  • J. F. Rigby, "Precise Colourings of Regular Triangular Tilings" in The Mathematical Intelligencer (1998) 20:4

出典

外部リンク

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