オーロラ : ウィキペディア(Wikipedia)

オーロラ(、1996年6月15日 - )は、 ノルウェーのシンガー・ソングライター兼音楽プロデューサー。本名はオーロラ・アクスネス()。ジャンルはエレクトロ・ポップに分類されることが多く、フォークとの関連もしばしば指摘される。主な作品の主題としては、感情や政治、セクシャリティー、死などが挙げられる。

生まれはローガラン県スタヴァンゲルで、ホルダラン県の自然豊かな町に育った。音楽を始めたのは6歳のころで、友人がアップロードした音源をきっかけとし17才(2013年)でデビューした。その後2014年以降2022年現在までデッカより作品を発表しており、自国にとどまらずヨーロッパやアメリカのチャートにランクインしている。その他、『アナと雪の女王2』のサウンドトラックへの参加、ケミカル・ブラザーズの作品への客演などでも知られる。

影響を受けたアーティストとしてはエンヤレナード・コーエンボブ・ディランなどが挙げられ、ビリー・アイリッシュはオーロラからの影響を語っている。音楽やファッションは、自国ノルウェーのほか、日本やネイティブ・アメリカンの文化の影響も受けているという。自らのファンのことは「ウォーリアー」や「ウィアード」と呼ぶ。

来歴

デビュー以前

オーロラ・アクスネスは6月15日にノルウェーのスタヴァンゲルで、助産師の母とセールスマンの父の間に3人姉妹の末妹として生まれた。3歳まで住んでいた小さな町の家で、自然や歌うこと、長いスカートや帽子などの伝統衣装への好みを育んだ。その後一家は、ホルダラン県ベルゲン近くの辺境の町の外れにある海を見下ろす森のなかの家に引っ越した。オーロラは、この土地についてと描写し、家についてはノルウェーの民話のようだと述べている。後のインタビューにおいてオーロラは、子供のころからひとりでいるのが好きで、木々や茂みの中でただ座って考えているのが好きだったと述懐し、また自然が自分をにしたのだと述べている。オーロラの2人の姉はいつもオーロラのことを心配していて、たとえば高校生のころにはその性格と奇妙な服装のせいで他の学生たちから苛められるのではないか気が気でなかった(しかしそれは杞憂だった)と後に語っている。

オーロラの家族には他に音楽を嗜む人はいない。次姉は電子ピアノをもっていたが、オーロラが6歳のときには弾かなくなっていた。ピアノの音が恋しくなり、屋根裏部屋にそのピアノを探しに行ったオーロラは、見つけたピアノの鍵盤を偶然押したことをきっかけに、自分でお気に入りのクラシックの曲を弾けることに気づいた。その時のことをオーロラはと述懐している。しばらくすると自分でクラシックの曲を作るようになり、英語をうまく扱えるようになった9歳のとき、曲に歌詞をつけるようになった。彼女の最初のオリジナル曲は「アイ・ハド・ア・ドリーム」という題の世界がいかに過酷でありうるかを主題としたものだった。同じ時期には虐めや死を主題とした歌詞も書いていたという。「」は9歳のときの、後にビリー・アイリッシュに影響を与えることになる「ラナウェイ」を含むいくつかの曲は11歳のときの作品である。また、6歳から16歳のころはダンスにも取り組んでいたという。

オーロラは、もともとはプロのミュージシャンになるつもりはなく、医師や物理学者になるつもりだったという。彼女はただ曲を書きたかっただけで、長い間自分の曲を家族を含め誰にも聴かせることはなかった。オーロラが自分の曲を初めて披露したのは、16歳のときである。中学校最後の日、オーロラは音楽の授業でギターを弾きながら「アイ・ハド・ア・ドリーム」を歌い、それを動画に撮った同級生がにアップロードした。同年の12月には両親へのクリスマス・プレゼントとして録音した「パペット」を友人が音楽共有サイトにアップロードした。わずか数時間で、2つの歌は数千のアクセスを受けた。そしてその2曲をノルウェーのマネジメント会社が見つけ、2013年の初めにオーロラをオフィスに招いた。オーロラは初め「」と思ったと述懐している。しかしその後、母親にだと言われた。そして彼女は、1年あまりにわたる曲作りに取り組みはじめ、1年後のノルウェーの音楽フェスティバルにおいてをおこなった。

2013年-2016年: デビューとファースト・アルバム

2013年に17才でよりデビュー・シングルとなる「アウェイクニング」を発表。翌2014年11月、グラスノートおよびデッカから「アンダー・スターズ」を、2015年4月にはEP『』を発表した。このころオーロラは、自分の音楽を薬のようなもの、とくにのためのものにしたいと語っている。

2015年にはそのほか、ノーベル平和賞の記念コンサートに出演している。また年末には、ジョン・ルイスのクリスマスCMのためにオアシスの「」のカヴァーを録音し、イギリスで評判を呼んだ。翌2016年1月には、の新人賞および(ノルウェー語版)奨学金を授与されている。

2016年3月にはデビュー・アルバムの『』を発表した。オーロラはこのアルバムについてであると述べている。またこのアルバムの目的は、すべての物事の良い面と悪い面を見ようとすることであり、から、このアルバムを{{ilq|あなた自身の戦士であることについてのものにしたかった}}のだと語っている。このアルバムに収録された、「ウォーリアー」と「」は、2020年現在、多くのファンから古典とされている。またアルバムに先立って、短編ドキュメンタリー『イントゥ・ザ・ライト』が公開されている。

その後彼女はヨーロッパ・ツアーに乗り出し、前後にはアメリカのテレビ番組にも複数出演した。ブラジルにも公演で訪れており、同性愛を巡る政治的立場は場所によって非常に劣悪であることに気付かされたと語っている。同年8月には、によるドキュメンタリー『ナッシング・イズ・エターナル』が公開されている。

2016年–2019年: 2部構成のアルバム

オーロラは、デビュー・アルバム発表の翌日、すでに次作に収録されることになる曲を作り始めていたという。2018年の1月、オーロラは南フランスのスタジオ兼シャトーに入り、1ヶ月かけて新作の録音をおこなった。プロデュースには、、、が参加し、オーロラ自身もプロダクションに関わった。新しいアルバムについてオーロラは、同年5月のインタビューにおいて、前作のストーリーのいくつかを持ち越しているとともに、感情的で、すこし政治的で、そして官能性を主題としていると述べた。また9月には、(前作の主題として示したように)自分自身の戦士となり、自らの内なるデーモンと折り合いをつけてより優った能力を手に入れたリスナーを、から解き放ち、その能力でのだと示すことが主題となると語っている。

同年5月の時点でオーロラは次の作品は11曲入りのアルバムになると語っていたが、9月に2部構成のアルバムの前半として8曲入りの『』をサプライズ的に発表した。この作品についてオーロラは{{ilq|とっても力を与えるもの}}でありであると語っている。オーロラ自身はタイトル・ソングをこれまでで最も重要な曲と位置付けているが、最も話題を呼んだのは「クイーンダム」である。この「クイーンダム」のミュージック・ビデオについてのインタビューでは、ゲイ・コミュニティへの共感を語っており、内省的な前作に比べより外向きな作風になったことは、初めてのツアーにおいてファンとの間でおこなった交流に起因するとも述べている。

2019年6月には前作のフォローアップである『』が発表された。 はこの作品について、人生を向上させるよう内的に促すものであった『ステップ1』に対し、世界の変革を後押しするものであると評した。オーロラ自身によると、この作品はものであり、また自身の感情の振れ幅の大きさが反映されており、そして後述するように、その感情には変革への備えであるような怒りが含まれているのだという。そのような変革の対象の一つである自然は、この作品の主要な主題に含まれている。また同時期のインタビューにおいてオーロラは、自身が以前よりもはっきりと政治的になっていると述べている。

この間、2018年12月にはドキュメンタリー『オーロラ 私の歌を探して』が公開されている。また、2019年4月に発表されたケミカル・ブラザーズの『』には3曲提供し、みずからボーカルも担当している。その他、子供向けのアンソロジー番組『』でナレーターを務めたり、実写版『ダンボ』の予告編で「」を歌うなど、活動を多様化させてる。

2019年以降

2019年11月に、初のアジア・ツアーを実施。同月には、オーロラがバック・ボーカルを務めた「イントゥ・ジ・アンノウン」を収録する『アナと雪の女王2』のサウンドトラックが発表され、翌2020年2月の第92回アカデミー賞授賞式において、イディナ・メンゼルとともに同曲を披露した。同曲は、第63回グラミー賞(2021年)の最優秀ビジュアルメディア向けソングライティング部門にノミネートされている。また、監督の映画『シークレット・ガーデン』(2020年)には同名の主題歌を、アニメーション映画『ウルフウォーカー』(2020年)には挿入歌を提供している。2021年ごろには、「ラナウェイ」のリミックス音源の公開に併せTikTokに動画を投稿したところ話題を呼び、同曲にてオーロラは自身初となる全英シングル・チャート・トップ30入りを果たした。

2022年1月に発表したアルバム『{{refnest|group=*|。}}』では、ギリシア神話の神々を瑕疵を持つ親しみやすい存在として描いており、政治・社会的な批評性よりもといった内面や行為への探究が前面に出た作品となっている。サウンドについては、と変化を遂げた などとと評される。また がと評価している一方で、 はオーロラの新しい方向性示す作品であるとしつつ、から完全に脱しきれてはおらず、と述べている。

音楽性

ジャンルはエレクトロ・ポップに分類されることが多いほか、フォークとの関連もしばしば指摘される。ファースト・アルバムについて、 は、ほとんどの曲の旋律や構造はフォークを土台としており、それをエレクトロニックな感触が装飾していると述べ、 は、讃歌的なポップ・ソングとフォーク的な素材の曲が含まれており、両者がブレンドされていると評した。 はがオーロラの音楽のなのだと述べている。 は、のある{{ilq|巧妙にプロデュースされたポップス}}であると記述し、 は{{ilq|本当の主流になることはけっしてありえない素敵な奇妙さを保ちながら、大衆への訴求力をしばしば示して}}いるとオーロラを評価する。

神秘的に冷たく透きとおり高く純粋に響き渡るボーカルは、天衣無縫であるとも、ともされ、そのテクニックやハーモニーはポップ・ミュージックとしては異例なほどに多様である。シンセサイザーとドラム、キーボードのメロディーを特徴とするサウンドは、ポップかつダーク、エレクトロニックかつオーケストラルであると評される。 はケルト音楽やアジア音楽を想起させるとしており、『ステップ2』においては民族的な打楽器も用いられている。

歌詞については、 がと評したほか、 はでありながらと述べており、後述するように「怒り」などの感情を表すものや、政治やセクシャリティー、死を主題とするものが多い。音楽と政治との関係については次のように語っている。

自らの曲については、であるとも語っている。また、母語であるノルウェー語ではなく英語で歌詞を書く理由は、自分の言葉を伝える先をノルウェー語を理解する人だけに留めたくなかったからだと述べている。なお、「フォーガトゥン・ラブ」においては、セカンド・コーラスにオリジナル言語を使用しており、それはオーロラの感情を反映したものであるという。

そのほか、 はとオーロラを紹介し、 はオーロラのプロデューサーとしての能力を高く評価している。

他のミュージシャンとの影響関係など

幼少時はレナード・コーエンボブ・ディランエンヤ、アーネ・ブルン、後に客演することになるケミカル・ブラザーズを聴いていたほか、3歳のころには『タイタニック』の主題歌であるセリーヌ・ディオンの「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」を歌っていたという。自身のヒーロとしてはディランとコーエンを挙げている。2019年のインタビューにおいては、ラジオもテレビもないところで育ったため、ビヨンセを知ったのも6年前であると語っている。

オーロラは、他のことをしているときは雑音になるため、あまり音楽を聴くのは好きではないが、より雑音の酷い鉄道や空港においては音楽を好んで聴くという。2018年のインタビューにおいてはエンヤとアンダーワールドとコーエンを、2019年のインタビューにおいては、エンヤ、ケミカル・ブラザーズ、コーエンおよびヘビー・メタルをもっぱら聴く音楽として挙げている。また、同時期の別のインタビューにおいてはであると述べている。ヘビー・メタルについては、自身にとってプリミティブであり、その外向性や算術性、複雑性と本能性、ジャズにも通じるパーカッシブな部分が好きであると語っている。クラシック音楽への嗜好もあり、エドヴァルド・グリーグの「」(『ペール・ギュント』)を好きな曲として挙げている。

レビューにおいては、ディランやコーエンからの影響が指摘され、その他、ビョークや リッキ・リーといった北欧の歌手、オブ・モンスターズ・アンド・メンやシーア、 ロードといったフォーク・ポップの巨人、あるいはフローレンス・ウェルチとも比較されている。

初期にオーロラについて言及したアーティストとしては、ケイティ・ペリージェイデン・スミスが挙げられる。また前述のとおり、ビリー・アイリッシュは、十二歳ごろにオーロラの「ラナウェイ」に影響を受け、歌手を目指すようになったと発言している。カバーしたことのあるアーティストしては、デヴィッド・ボウイ、コーエン、オアシスなどが挙げられる。また、「イン・ボトルズ」ではと、「エヴリシング・マターズ」ではとコラボレートしている。

思想や価値観

感情と政治について

オーロラは、怒りや悲しみを含んだ感情の表現に対して肯定的である。2018年のインタビューにおいては、「怒り」について、

と述べている。また自らの作品の中にある怒りについて から問われた際には、であると答え、続けてつぎのように述べている。

気候変動などの環境問題については、繰り返し声を上げているほか、楽曲においても取り上げている(たとえば「ザ・シード」は環境についての怒りを表現していると述べている)。 は、オーロラの歌についてものであると評しており、オーロラ自身も環境問題はすべての人に関わる持続的で感情的かつ政治的なものであると述べている。また、いまが団結して行動を起こすためには最適のときであるとの考えを述べ、 によるインタビューでは、諸々の問題の答えは言われているよりも単純であり、自分たちの世代においては人々が互いにバラバラになってしまっていると感じていたが、いまではそれぞれの力を繋ぎ合わせれば大きな力になることを知っていると語った。

その他、動物虐待や女性に対する暴力、人種差別といった問題にも関心を払っているという。 は、{{ilq|古代の神々があんなふうに不完全で自由奔放だったのだから、現代の我々だってもっと自由に生きていいのでは?}}とオーロラの見解を要約し、それは同時代ののだと述べている。

セクシャリティーについて

前述のとおりオーロラは、ブラジル訪問後に同性愛を巡る政治的立場は場所によって非常に劣悪であることに気付かされたと語り、2018年に次の作品の主題の一つとして政治性と官能性を挙げている。同じ時期、「クイーンダム」のミュージック・ビデオについてのインタビューでは、次のように語っている。

2018年のインタビューにおいては、自分は女性なのでフェミニストであるが、同性愛は自分の曲に対してフェミニズム以上に大きな触発を与えたと述べている。このインタビューでは、いま自分には男性的なボーイフレンドがいるが、以前はガールフレンドがいたこともあるとも語り、以下のように続けている。

2019年の『』誌のインタビューにおいては、自らがLGBTQコミュニティーの一員であることを肯定するとともに、他人が自分を定義したりカテゴライズすることは構わないが、自分で自分を定義する必要があるとは思わないと述べている。また、神話時代のようなあるがままの愛や性における快楽の享受を称揚し、同年のほかのインタビューにおいては、ジェンダーや種族を超えた尊敬や愛の重要性についても語っている。また2021年に発表した「キュア・フォー・ミー」は、同性愛者に対する転向療法についてと訴えるものである。

死について

死はオーロラにとって、4歳のころからと思い続けてきた概念であり、作品においてしばしば取り上げられる主題でもある。彼女は死を恐れることに否定的であり、死について考えると心が安らぐ、あるいは正気になれると語っている。また2019年には、今後のアルバムにおいてこの主題についてさらに掘り下げたいと述べている。

各国の文化について

オーロラは、自分の曲のいくつかがもつ暗さは、ノルウェーの気候や文化の暗さ、ノルウェー人の内向性に由来していると述べている。

オーロラのスタイルは、日本の伝統的なファッションや美学からも影響を受けている。2019年のアジア・ツアーにおける訪日時のインタビューでは、ジブリ映画や村上春樹といった日本文化が好きで、神秘的なものへの信仰やもったいない文化などの国民性を尊敬しており、日本語の勉強もしていると語っている。また、着物が好きで、ヘア・スタイルやファッションはアニメを含む日本文化からインスピレーションを受けているという。

ネイティヴ・アメリカンの音楽は幼少時より好きで、ネイティヴ・アメリカンにずっと憧れているとも語っている。たとえば「ザ・シード」は、ネイティブ・アメリカンの文化に触発された曲である。またインドのメディアにおけるインタビューによると、インドの伝統音楽の歌唱方法にも触発されているという。

英語圏の作品については、8歳のころから愛読している『ハリー・ポッター』に加え『スター・ウォーズ』のファンであることが公然となっている。

ライヴ・パフォーマンスやファンとの関係

前述のとおり、初めてのツアーにおけるファンとの交流が、作品がより外向的になるきっかけとなったと述べている。オーロラは自分のファン{{efn2|オーロラは、「ファン」という表現が好きではないという の言葉に同意し、「サポーター」という表現を代わりに使うことを提案している。また2019年のインタビューにおいても、「サポーター」という表現を用いている。}}のことを「ウォーリアー」や「ウィアード」と呼ぶ{{efn2|2016年にはファンを念頭において作った「ウォーリアー」という曲を発表している。}}が、名付けることによってファンが自分に属するかのように扱うことには否定的である。両者の繋がりは、ファンが自発的に作り上げていった、互いに必要としあう双方向の関係であり、オーロラはその関係について魔法のようで愛すべきものであると語っている。

当初オーロラは人前でのパフォーマンスには恐怖や違和感を感じていたというが、2014年ごろまでには、毎回ライヴが待ち遠しく感じ、ファンに最高の体験をしてもらうことだけを考えるようになっていった。2019年のインタビューにおいては、なのだと見せることがライヴ・パフォーマンスの意義であり、また聴衆の表情をとおして自身の曲の意味を再認識できるのだと述べている。

ディスコグラフィー

+スタジオ・アルバムタイトル / 発売日 / レーベル出典・備考
オール・マイ・ディーモンズ・グリーティング・ミー・アズ・ア・フレンド{{small

} |

  • 2016年3月11日

| |- |ディファレント・カインド・オブ・ヒューマン(ステップ2)

|

  • 2019年6月7日

| |- |ザ・ゴッズ・ウィー・キャン・タッチ

|

  • 2022年1月21日

| |- |- |}

+EPタイトル / 発売日 / レーベル出典・備考
ランニング・ウィズ・ウルブズ{{small

} |

  • 2015年5月3日

| |- |インフェクション・オブ・ア・ディファレント・カインド(ステップ1)

|

  • 2018年9月28日

| |- |}

楽曲提供・客演

アーティストアルバム / 提供・参加楽曲担当出典・備考
2017
2019ケミカル・ブラザーズノー・ジオグラフィー{{small

} |{{ol |イヴ・オブ・デストラクション |バンゴ |value3=6|ザ・ユニヴァース・セント・ミー }} |{{Hlist-comma|ソングライティング|ボーカル}} | |- |2020 | | | |{{hlist-comma|ソングライティング|フィーチャー・アーティスト}} | |- |2020 |V.A. | |{{Ol||value1=5}} | | |- |2022 | | | |{{Hlist-comma|ソングライティング|ボーカル}} | |- |}

フィルモグラフィー

+アニメーション映画 タイトル / 役名 / 監督 / 制作出典・備考
2019アナと雪の女王2 不思議な声* * ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ
+ドキュメンタリータイトル / 監督 / 制作出典・備考
2016ナッシング・イズ・エターナル* アイザック・ラヴィシャンカラ*
2018オーロラ 私の歌を探して* {{hlist-commaベンヤミン・ランゲランスティヤン・セルヴォス}}*

注釈

出典

参考資料

2021年2月1日閲覧。|ref=}}

|インタビュー記事

  • {{wikicite|reference= 2022年2月5日閲覧。|ref=}}
  • {{wikicite|reference= 2019年10月18日閲覧。|ref=}}
  • {{wikicite|reference= 2021年1月30日閲覧。|ref=}}
  • {{wikicite|reference= 2021年1月29日閲覧。|ref=}}
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  • {{wikicite|reference={{lang|en|McDermott, Emily (2018). “Norwegian Pop Star Aurora Sings in Her Own Language”, USA, Sep. 18.}} 2021年1月31日閲覧。|ref=}}
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|レビュー記事

  • {{wikicite|reference= 2021年2月8日閲覧。|ref=}}
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  • {{wikicite|reference= 2022年2月6日閲覧。|ref=}}
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|その他記事

  • {{wikicite|reference= 2019年10月18日閲覧。|ref=}}
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  • {{wikicite|reference= 2021年2月3日閲覧。|ref=}}
  • {{wikicite|reference= 2021年1月17日閲覧。|ref=}}
  • {{wikicite|reference= 2021年2月1日閲覧。|ref=}}
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|データベース

|

|{{wikicite|reference= 2022年2月5日閲覧。|ref=}} }} |動画

  • {{wikicite|reference= 2021年1月27日閲覧。|ref=}}
  • {{wikicite|reference= 2021年1月29日閲覧。|ref=}}

}}

関連項目

外部リンク

|動画・音源配信サイト | その他関連サイト }}

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/01/09 15:30 UTC (変更履歴
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