ラリー・ガゴシアン : ウィキペディア(Wikipedia)

ローレンス・ギルバート・“ラリー”・ガゴシアン(Lawrence Gilbert "Larry" Gagosian、1945年4月19日 - )は、アメリカ合衆国の美術商である。全世界に展開するガゴシアン・ギャラリーを所有・運営している。、エリ・ブロード、キース・バリッシュなどの美術収集家と協力して、美術館レベルの現代美術の展示会をギャラリーで開催して評判を築いた。

若年期と教育

ガゴシアンは1945年4月19日にカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれた。両親はともにアルメニア人であり、ガゴシアンは唯一の子供だった。母のアン・ルイズ(Ann Louise)は歌手・女優であり、父のアラ(Ara)は会計士で、後に株式仲介人となった。父の両親(旧姓Ghoughasian)はアルメニアからアメリカに渡り、カリフォルニアに住み着いた。

1963年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に入学して英語学を専攻し、1969年に卒業した。

レコード店、書店、スーパーマーケットで短期間働き、タレント事務所に入社してマイケル・オーヴィッツの秘書を務めた後、UCLAのキャンパスの近くでポスターの販売を始め、美術ビジネスの世界に入った。1976年頃、のブロックストン・アヴェニューの雑居ビル内のレストランだったスペースが空いたため、最初のポスター店を閉鎖してそこに移り、ダイアン・アーバス、リー・フリードランダーなどの写真作品を売り始めた。当初の店名は「プリンツ・オン・ブロックストン」(Prints on Broxton)だったが、より幅広い現代美術を扱うようになり、「ブロックストン・ギャラリー」(Broxton Gallery)に改称した。このギャラリーは、、、などの新進気鋭の芸術家と協力して、ジョン・バルデッサリやブルース・ナウマンなどの作品も展示する展覧会「ブロックストン・シーケンス: 写真の連続的な形象」(Broxton Sequences: Sequential Imagery in Photography)などを開催したBroxton Gallery Pacific Standard Time at the Getty Center.。

キャリア

1978年、ガゴシアンはウェスト・ハリウッドのに最初のギャラリーを開設し、カリフォルニアの若手アーティスト(ヴィヤ・セルミンス、など)やニューヨークの新鋭アーティスト(エリック・フィッシュル、シンディ・シャーマンなど)の作品の展示を始めた。同年、ガゴシアンはニューヨーク・421番地にあるのギャラリーの向かいのロフトを購入した。ガゴシアンをやサミュエル・ニューハウス・ジュニアに紹介したのはカステリだった。このロフトで初めて開いた展覧会は、美術商との共同による、1979年のの初の個展だった。1982年、ノセイとガゴシアンはロサンゼルスでジャン=ミシェル・バスキアの展覧会を企画した。その頃ガゴシアンは、カリフォルニア州ヴェニスのマーケット通りの自宅の1階に設けたアトリエ兼展示場をバスキアに提供していたFred Hoffman (March 13, 2005), Basquiat's L.A. - How an '80s interlude became a catalyst for an artist's evolution Los Angeles Times.。

1980年代初頭、ガゴシアンは、ブルーチップ的な近現代の芸術家の作品の販売で事業を急拡大させ、「ゴーゴー」(Go-Go)というあだ名で呼ばれるようになった。1980年代半ば、マンハッタンの西23丁目521番地にあるサンドロ・キアのアトリエのあるビルの1階にギャラリーを開設し、デヴィッド・ゲフィン、サミュエル・ニューハウス・ジュニア、チャールズ・サーチ、デヴィッド・ガネックなどの有力なコレクターとの取引を始めた。1988年には、ニューハウスのためにジャスパー・ジョーンズの1959年の作品"False Start"を1700万ドルで落札した。これは、存命アーティストの作品の購入額の当時の記録を更新した。この記録を更新したのもガゴシアンであり、2007年11月、サザビーズでジェフ・クーンズの"Hanging Heart"を2350万ドルで落札した。クーンズはガゴシアン・ギャラリー所属のアーティストである。

2022年5月10日、ガゴシアンはアンディ・ウォーホルの『』の4枚のうちの1枚を、史上最高額となる1億9500万ドルで購入した。これは、公開オークションで落札された20世紀の美術作品としては最高額である。

2014年から、ニューヨーク州にあるメキシコ料理店「ブルー・パロット」の共同経営者となっている。2025年には、その近くにある書店「ブックハンプトン」を買収した。

2012年から、ジャズ・アット・リンカーン・センターの理事を務めるJazz at Lincoln Center Announces New Members to Board of Directors Jazz at Lincoln Center, press release of October 23, 2012.。また、ベルリンのの国際協議会会員International Council Museum Berggruen.、の評議員であるBoard of Trustees New York University Institute of Fine Arts.。

評価

2011年、イギリスの雑誌『』が毎年発表している「世界の美術界で影響力のある人物」で、ガゴシアンが4位となった。芸術家のロバート・ロンゴは、写真の連作"Men in the Cities"の一枚にガゴシアンを収めた。2022年、『フィナンシャル・タイムズ』はガゴシアンを「世界で最も重要な美術商」と評した。

私生活

ガゴシアンはダンサーのキャサリン・カー(Catherine Kerr)と短期間婚約していた。2021年、ガゴシアンと芸術家のが交際を始めたと報じられたが、によれば2024年に2人は別れた。

1988年、ガゴシアンは、ニューヨーク州サフォーク郡にあるトード・ホールを、そこにある約1000平方メートルの邸宅を含めて800万ドルで購入したDan Duray (June 30, 2011), Larry Gagosian’s House Looks Even Better When It’s Not on Fire New York Observer.。この邸宅は、建築家チャールズ・グワスミーが同僚の建築家フランソワ・デ・メニルのために1983年に建てたものである。2009年には、カリブ海のサン・バルテルミー島のフラマンズ・ビーチに、設計による家を建てた。2010年、が保有するロサンゼルス・の約530平方メートルの邸宅を1550万ドルで購入した。この邸宅は、の設計によりゲイリー・クーパーが建てたものである。2011年には、マンハッタン東75丁目7番地にある巨大なタウンハウスである(通称ホークネス・マンション)を3650万ドルで購入した。

法的問題

1969年、他人のクレジットカードを使用したことによる2件の偽造罪の重罪を認め、執行猶予付きの有罪判決と保護観察処分を受けた。

2003年、美術品58点の売却に伴う税金を滞納したとして、ガゴシアンと協力者3人が連邦検察官により告発された。ガゴシアンは400万ドルの和解金を支払った。

2012年、ガゴシアンとは、総額4500万ドル相当のジェフ・クーンズの未完成作品と10点の作品をめぐり、お互いを提訴した。

2012年、『』の販売をめぐり1400万ドルの損害賠償を請求された。

2023年9月、ガゴシアンと料理人のが保有するマンハッタンの日本食レストラン「」に対し、従業員から集団訴訟が起こされた。原告は、サービスに対するチップを自分たちが受け取る権利の確認と、賃金の一部未払いを訴えた。

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2025/10/29 23:07 UTC (変更履歴
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike and/or GNU Free Documentation License.

「ラリー・ガゴシアン」の人物情報へ