吉田耕造 : ウィキペディア(Wikipedia)
吉田 耕造(よしだ こうぞう、1922年(大正11年)1月17日 - 1978年(昭和53年)1月28日)は日本の海洋物理学者。
経歴
1922年に大阪府で出生。旧制大阪府立北野中学校、旧制第一高等学校を経て、1944年に東京帝国大学理学部地球物理学科を卒業後、日本の海洋物理学の有識者に学んだり、カリフォルニアのスクリップス海洋研究所で研究をしたりした。1953年東京大学理学博士、学位論文の題は「海の波浪及び海洋に起る波動の研究 」。
1954年には東京大学理学部助教授、1964年には同大教授に就任した。沿岸湧昇の国際的な権威であり、日本海洋学会でも指導的な立場となった。1968年には第3回日本海洋学会賞を受賞した。1978年1月28日、直腸がんのため東京大学医学部附属病院で死去。56歳訃報欄 吉田耕造氏(東大理学部教授)『朝日新聞』1978年(昭和53年)1月30日朝刊、13版、23面。
叙正四位、叙勲三等授旭日中綬章。
著書
訳書
関連項目
- 物理学者の一覧
- ヘンリー・ストンメル - マサチューセッツ工科大学教授時代に吉田と共著『Kuroshio』を執筆
外部リンク
- nkysdb: 吉田 耕造(なかよし論文データベース)
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/05/11 04:57 UTC (変更履歴)
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