西村秀子 : ウィキペディア(Wikipedia)

西村 秀子(にしむら ひでこ、1909年1月20日 - 2002年12月2日)は日本の教育者。旧姓東儀。洗礼名はマリア。

政治家西村栄一の後妻、政治家西村眞悟の母。   

経歴

東京神田三崎町に父東儀哲三郎 母サイの二女として生まれた。東儀家は四天王寺の雅楽を伝える家(楽家)であったが、維新の時に宮中とともに東京に移った。父哲三郎は上野の東京音楽学校でバイオリンを教えていた。

秀子はピアニストを志し、ドイツ人にピアノを学んだ。評論家の俵孝太郎の妹のピアノの家庭教師をしたことがあった。俵はその著書に「東儀秀子さんは、その当時和服やもんぺだけの時代に洋服姿で颯爽と現れた」と書いている。

関東大震災前に、一家は関西に移った。父哲三郎が、新しくできた宝塚歌劇団のオーケストラの指導を引き受けたからである。母も東京での洋服を着た仏英和(双葉の前身)での学校生活から未だ和服が主流の大阪の生活に移った。

2002年12月2日死去。秀子(洗礼名 マリア)の最後の言葉は、「ありがとう、幸せやった」だった。

関連項目

  • 東儀家
  • 俵孝太郎

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2013/11/23 05:36 UTC (変更履歴
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike and/or GNU Free Documentation License.

「西村秀子」の人物情報へ