イワオ・タカモト : ウィキペディア(Wikipedia)

イワオ・タカモトIwao Takamoto、1925年『サンデー毎日』1973年8月19日号、pp.58-62のインタビューには、1926年ロサンゼルス生まれと記載されている。4月29日 - 2007年1月8日)は、日系アメリカ人2世のアニメーター。本名:高本厳夫『サンデー毎日』1973年8月19日号、pp.58-62。

生涯

カリフォルニア州ロサンゼルス出身。父は広島県からの移民で13歳の時、日本に来たことがある。第二次世界大戦時には日系人収容所のマンザナール強制収容所で収監されたが、そこで仲間からイラストの技術を学んだという。高校時代に映画芸術への道を歩こうと決意して19歳の春、ウォルト・ディズニー社に入る。

戦後もディズニーのアニメ製作に携わり、『ミッキーマウス』『ドナルド・ダック』の仕事を与えられる。その後は漫画の登場人物たちをデザインする有能なデザイナーとして活躍し、12年間ディズニーで働いたあと、政治的かつ現実的な理由で1961年にハンナ・バーベラ・プロダクションに移籍する(当時、アメリカでアニメーションを制作していた大規模なプロダクションは、ディズニーとハンナ・バーベラの2社であった)。『スクービー・ドゥー』(当時の邦題:弱虫クルッパー)シリーズのキャラクターデザインで名を馳せた。その後もトップクラスのクリエイティブ監督として、またアメリカにおけるアニメーターの第一人者として活躍した。2007年1月、心不全によって81歳で死去。

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2023/07/28 23:54 UTC (変更履歴
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