渡辺肇 : ウィキペディア(Wikipedia)

渡辺 肇(本姓:渡邊肇児、わたなべ はじめ、1938年(昭和13年)2月『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』727頁。 - )は、昭和期の新聞編集者、政治家。衆議院議員。

経歴

新潟県出身。新聞記者渡邊良夫の二男として生まれる。1960年(昭和35年)慶應義塾大学文学部を卒業した。読売新聞社に入社し編集局記者を務めた。その後、大蔵大臣田中角栄の秘書に転じた。

1967年(昭和42年)1月の第31回衆議院議員総選挙で新潟県第2区から自由民主党公認で出馬してトップ当選『新潟県史 通史編9 現代』645頁。『国政選挙総覧 1947-2016』171頁。。1969年(昭和44年)12月の第32回総選挙でも再選され『国政選挙総覧 1947-2016』172頁。、衆議院議員に連続2期在任した。この間、豪雪地帯対策審議会委員、自民党文化局次長、同青年婦人対策特別副委員長、体力づくり指導協会専務理事、自民党新潟県連常任顧問などを務めた。その後、1972年(昭和47年)12月の第33回総選挙には病のため出馬せず政界を引退し、弟渡辺紘三が立候補して初当選した『新潟県史 通史編9 現代』652頁。。

その後、日本ダム協会常任参与に就任した。

参考文献

  • 『新潟県史 通史編9 現代』新潟県、1988年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2023/01/07 06:35 UTC (変更履歴
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