2020年 第92回 アカデミー賞特集(2020年) 全部門ノミネート・監督賞

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映画.com 第92回アカデミー賞特集

2020年2月9日(現地時間)に開催された第92回アカデミー賞授賞式。「パラサイト 半地下の家族」の歴史的快挙で幕を閉じました!

Nominate - 全部門ノミネート作品 -

監督賞

winnerアイコンマーティン・スコセッシ

シチリア系イタリア移民の家に生まれる。ニューヨークのリトル・イタリーで少年時代を過ごし、ニューヨーク大学で映画を専攻する。卒業後は母校の講師を務めながら、様々な映画関係の仕事をこなし、72年低予算映画の帝王ロジャー・コーマンがプロデュースした「明日に処刑を…」で商業映画監督デビュー。翌年「ミーン・ストリート」が評判となり、76年「タクシードライバー」でカンヌ映画祭パルムドールを受賞、主演のロバート・デ・ニーロとともにアメリカ映画の新世代を代表する存在となる。以後、「レイジング・ブル」(80)、「キング・オブ・コメディ」(83)、「グッドフェローズ」(90)、「カジノ」(95)とデ・ニーロとともに傑作を連発した。近年のアカデミー賞では、「ギャング・オブ・ニューヨーク」(02)や「アビエイター」(04)で監督賞にノミネート。香港映画「インファナル・アフェア」のリメイク「ディパーテッド」(06)で作品賞と監督賞を受賞。自身初の試みとなった3D映画「ヒューゴの不思議な発明」(11)でも、アカデミー賞技術部門で5部門を受賞した。第63回エミー賞ドラマ部門最優秀監督賞を受賞したHBOのTVシリーズ「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街」(10~14)、自身の監督作では歴代最高の世界興収を記録した「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(13)、長年念願だった企画を実現させた遠藤周作原作の「沈黙 サイレンス」(16)などを経て、19年にはデ・ニーロとの黄金コンビを復活させたNetflixオリジナル映画「アイリッシュマン」を発表し、9度目となるアカデミー監督賞にノミネートされた。

winnerアイコントッド・フィリップス

ニューヨーク大学映画学科を退学し、ドキュメンタリー作家としてスタートを切る。「全身ハードコア GGアリン」(94)で監督デビュー。1998年、「Frat House(原題)」がサンダンス映画祭で上映され、そこで映画プロデューサーのアイバン・ライトマンに出会う。ライトマンの勧めでコメディ映画「ロード・トリップ」(00)を撮ったことをきっかけに、コメディ作品の監督兼脚本家として活躍。「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」(06)でアカデミー脚色賞にノミネートされた。監督作「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(09)が世界で約4.7億ドルを稼ぐ大ヒットとなり、ゴールデングローブ賞作品賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞。続編2作でも引き続き監督・製作・脚本を務めた。映画「アリー スター誕生」(18)の製作などを経たのち、19年には、コメディ路線から一転、シリアスな作風の「ジョーカー」で監督・脚本・製作を務め、同作は第76回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。

winnerアイコンサム・メンデス

英バークシャー州レディング出身。ケンブリッジ大学を卒業してまもなく、舞台の演出家として名をあげる。1992年、ロンドンにドンマー・ウェアハウス劇場を設立し、以降10年にわたり芸術監督を務め人気の劇場に育て上げる。99年、「アメリカン・ビューティー」で映画監督デビューを果たし、アカデミー作品賞と監督賞を含む5部門を受賞。続く「ロード・トゥ・パーディション」(02)も成功を収める。演劇界でも活躍を続け、03年、女優ケイト・ウィンスレットと結婚。08年、ウィンスレットとレオナルド・ディカプリオの「タイタニック」コンビを主演に迎え、「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」を監督し話題を呼んだ。その後10年にウィンスレットとの離婚を発表。シリーズ初のオスカー監督としてメガホンをとった「007 スカイフォール」(12)が世界中で大ヒットし、続編の「007 スペクター」(15)の監督も務めた。19年には第1次世界大戦を舞台に若きイギリス兵が最前線を駆け抜けていく姿を全編ワンカット撮影で描いた「1917 命をかけた伝令」を手がけ、第92回アカデミー賞で監督賞を含めた10部門にノミネートされた。

winnerアイコンクエンティン・タランティーノ

高校中退後、俳優を目指す傍らレンタルビデオ屋の店員になり、膨大な数の映画を鑑賞する生活を送る。やがて脚本を書きはじめ、「レザボアドッグス」(91)を自主製作しようとした頃、同作の脚本が俳優ハーベイ・カイテルに認められ、彼の後押しもあって監督デビュー。同作がサンダンス映画祭で好評を博し、劇場公開されて評判となる。デビュー前に脚本を手がけた「トゥルー・ロマンス」が93年にトニー・スコット監督、「ナチュラル・ボーン・キラーズ」が94年にオリバー・ストーン監督により映画化。自身監督2作目「パルプ・フィクション」(94)にはスターがこぞって出演し、カンヌ国際映画祭ではパルムドールを、アカデミー賞では脚本賞を受賞した。以降、「ジャッキー・ブラウン」(97)、「キル・ビル」2部作(03、04)など話題作を発表し、「イングロリアス・バスターズ」(09)と「ジャンゴ 繋がれざる者」(12)でもアカデミー脚本賞にノミネートされ、後者で2度目の受賞を果たした。近年の監督・脚本作に「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(19)など。俳優としても自身の監督作や盟友ロバート・ロドリゲスの監督作などに出演している。

winnerアイコンポン・ジュノ

延世大学社会学科を卒業後、短編映画「White Man」(95)などを監督する。95年、韓国映画アカデミーを第11期生として卒業し、卒業制作の「支離滅裂」はバンクーバー国際映画祭や香港国際映画祭に招待された。長編映画初監督作は、00年の「ほえる犬は噛まない」(00)で、脚本も担当。カンヌ国際映画祭で話題を呼んだ「殺人の追憶」(03)や続く「グエムル 漢江の怪物」(06)は韓国で大ヒットし、日本でも注目を集める。初の海外作品となったオムニバス映画「TOKYO!」(08)では、ミシェル・ゴンドリーやレオス・カラックスらとともに監督を務めた。その後は「母なる証明」(09)を経て、クリス・エバンスやティルダ・スウィントンら欧米のキャストを招いた初の英語作品「スノーピアサー」(13)やNetflixオリジナル映画「オクジャ okja」(17)など独創的な作品を次々ものにする。そして「パラサイト 半地下の家族」(19)では、韓国映画として初めてカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。同作は第92回アカデミー賞でも、アジア映画として初めて作品賞を受賞する快挙を成し遂げ、ポン監督自身も監督賞、国際長編映画賞、脚本賞を受賞した。

Photo:Getty Images/ロイター/アフロ