第91回アカデミー賞(2019年) 全部門ノミネート・監督賞

ホーム > 第91回アカデミー賞特集(2019年) > 全部門ノミネート・監督賞

映画.com 第91回アカデミー賞特集

2019年2月24日(現地時間)にカリフォルニア州は
ハリウッドのドルビー・シアターで開催される、
第91回アカデミー賞授賞式。最新情報をお知らせ!

nominateアイコンNominate- 全部門ノミネート作品 -

監督賞

winnerアイコンスパイク・リー

出身地アトランタの大学とニューヨークのニューヨーク大学映画学科で映画制作を学び、在学中からジャーナリスティックな短編や中編で頭角を現す。1986年、「シーズ・ガッタ・ハヴ・イット」の商業的なヒットをきっかけに大手スタジオからオファーがかかるようになり、「スクール・デイズ」(88)を監督。ブルックリンの黒人街で持ち上がる人種差別騒動を描いた「ドゥ・ザ・ライト・シング」(89)でアカデミー脚本賞にノミネート。以降「ジャングル・フィーバー」(91)、「マルコムX」(92)などでメガホンをとる。白人至上主義団体「KKK(クー・クラックス・クラン)」に潜入捜査した黒人刑事のノンフィクション小説を映画化した「ブラック・クランズマン」(18)で、第71回カンヌ国際映画祭のグランプリを受賞した。その他の監督作に「セレブの種」(04)、「セントアンナの奇跡」(08)、「オールド・ボーイ」(13)など。

winnerアイコンパベウ・パブリコフスキ

ポーランド・ワルシャワ生まれ。14歳の時に母国を離れ、ヨーロッパ各地を転々としたのち英国に拠点を構え、1980年代末からドキュメンタリー番組を監督する。98年、初の長編劇映画「The Stringer(原題)」を発表し、続く「Last Resort(原題)」(00)で、英国アカデミー(BAFTA)賞で最優秀英国映画新人賞を受賞。その後、「マイ・サマー・オブ・ラブ」(04・日本劇場未公開)や、「イリュージョン」(11・日本劇場未公開)などの監督・脚本を務める。母国ポーランドで撮影した「イーダ」(13)は、ポーランド映画初のアカデミー外国語映画賞を受賞。同じくポーランドで製作した「COLD WAR あの歌、2つの心」(18)で第71回カンヌ国際映画祭最優秀監督賞を受賞、第91回アカデミー賞では外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3部門にノミネートされた。

winnerアイコンヨルゴス・ランティモス

ギリシャ・アテネ出身。アテネの映画学校で映像演出を学ぶ。2005年、初の長編監督・脚本作「Kinetta(原題)」を発表。続く不条理コメディ「籠の中の乙女」(09)でカンヌ国際映画祭のある視点部門でグランプリを受賞、アカデミー外国語映画賞にノミネートされ、独特の世界観と映像美で一躍国際的に注目を浴びる。長編監督第3作「Alpis(英題:Alps)」(11)はベネチア国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞。初の英語作品「ロブスター」(15)はカンヌ国際映画祭審査員賞に輝き、アカデミー脚本賞にノミネートされた。同作に主演したコリン・ファレルと再タッグを組んだ「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」(17)でカンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞。英国王室の愛憎劇を描いた「女王陛下のお気に入り」(18)はアカデミー賞9部門にノミネートされた。

winnerアイコンアルフォンソ・キュアロン

メキシコ・メキシコシティ出身。91年、「最も危険な愛し方」(日本劇場未公開)で長編映画監督デビューし、メキシコのアカデミー賞にあたるアリエル賞のオリジナル脚本賞を実弟のカルロス・キュアロンとともに受賞。シドニー・ポラック制作総指揮のTVシリーズ「堕ちた天使たち」(93)で米国に進出し、95年に映画「リトル・プリンセス」でハリウッドデビュー。10年ぶりに母国で撮影した「天国の口、終りの楽園。」(01)が世界的に評価され、アカデミー脚本賞にカルロスとともにノミネート。人気シリーズの第3弾「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」(04)の監督に抜てきされ、SF「トゥモロー・ワールド」(06)も絶賛された。その後、同じくメキシコ出身のギレルモ・デル・トロ、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥと製作会社チャ・チャ・チャを設立する。「ゼロ・グラビティ」(13)が世界中で大ヒットを記録、第86回アカデミー賞では監督賞と編集賞を受賞し、同年度最多となる7部門を制した。19年、Netflixの製作でモノクロのメキシコ映画として手がけたヒューマンドラマ「ROMA ローマ」(18)で、2度目のアカデミー監督賞のほか外国語映画賞、撮影賞の3部門を受賞した。

winnerアイコンアダム・マッケイ

米フィラデルフィア出身。1990年代、シカゴの名門コメディ集劇団「アップライト・シチズンズ・ブリッジ」や「インプロブオリンピック」「ザ・セカンド・シティ」に所属。95~01年にかけて人気番組「サタデーナイト・ライブ」にレギュラー脚本家として参加し、時折監督や出演もした他、97~99年には脚本家チームを率いるヘッドライターを務めた。04年、同番組で出会った俳優ウィル・フェレルとともに脚本を執筆した「俺たちニュースキャスター」(日本劇場未公開)で長編映画監督デビューを果たし、その後も「タラデガ・ナイト オーバルの狼」(06)、「アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!」(10)などでフェレルとタッグを組む。マーベル映画「アントマン」(15)では主演俳優のポール・ラッドとともに脚本を手掛け、続編「アントマン・アンド・ザ・ワスプ(原題)」(18年全米公開予定)でも脚本を担当する。ノンフィクション書「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」を映画化した「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(15)でアカデミー監督賞・脚色賞に初ノミネートされ、脚色賞を受賞した。

Photo:Getty Images/ロイター/アフロ