ここ10年、「白すぎるオスカー」との批判を鑑みて、グローバル化改革が進みつつあるアカデミー賞。会員人数は2016年には約6000人だった投票者数約10500人にまで増えた(2024年1月26日現在、実際の投票者は9,341人)が、その居住国は去年の79カ国から93カ国に拡大している。その影響は、ノミネート作品にも如実に反映しているといえるだろう。
近年では、2019年の作品賞受賞の快挙となった韓国のポン・ジュノの「パラサイト」を筆頭に、2022年にはスウェーデンの「逆転のトライアングル」、日本の「ドライブ・マイ・カー」、2023年にはドイツの「西部戦線異状なし」などが国際長編映画賞部門と当時に作品賞にノミネートされた。今年もカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞したフランス映画「落下の解剖学」(NEONが米国配給)とやはりカンヌでグランプリを受賞したドイツ語によるイギリス映画「関心領域」(A24が製作・配給)が作品賞と監督賞など主要部門にもノミネートされている。このあたりがダークホースとなれば面白い展開になるだろう。
作品賞10本における女性監督作品は、前出のジュスティーヌ・トリエ監督の「落下の解剖学」、グレタ・ガーウィグ監督の「バービー」、セリーヌ・ソン監督の「パスト ライブス 再会」の3作品。が、監督賞にはトリエのみノミネート。興行的に大成功を納めたにも関わらず、ガーウィグがノミネートから外れたことも、グローバル化の影響だろうか。初監督作にも関わらず、作品賞と脚本賞にノミネートされたソンは大健闘といえるだろう。
さて、本命は最多13ノミネートを獲得している「オッペンハイマー」。作品賞、監督賞、助演男優賞はほぼ確実。助演女優賞のダバイン・ジョイ・ランドルフも硬いだろう。
もし今年、サプライズがあるとすれば、主演男優賞かもしれない。主演男優部門のキリアン・マーフィは、ゴールデン・グローブ賞、SAG賞という前哨戦で受賞し頭ひとつリード。が、「マ・レイニーのブラックボトム」の故・チャドウィック・ボーズマンが確実視されていたが、「ファーザー」のアンソニー・ホプキンスがサプライズ受賞した例もある。主演女優部門は、SAG賞を制したリリー・グラッドストーンが一歩リード。受賞すれば、ネイティブ・アメリカンの女性俳優で初受賞となる。エマ・ストーンも十分あり得るというところだが、終盤になって「落下の解剖学」のザンドラ・ヒュラーの株が急上昇している。「関心領域」でも圧倒的な存在感を示している。この辺りも、新会員たちの票の行方にかかってくると言える。
アカデミー賞予想を長いことやらせてもらっているけれど、今回ほど悩まない年は記憶にない。結論から先に言うと、第96回アカデミー賞はクリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」が圧勝する。「オッペンハイマー」は最多13部門でノミネートされているが、「ホールドオーバーズ」のダバイン・ジョイ・ランドルフが優勢の助演女優賞(エミリー・ブラント)と、「バービー」の独壇場になると思われる衣装、ヘア&メイクアップ、美術の3部門を除く、最多9冠になると踏んでいる。理由は単純で、「オッペンハイマー」は芸術性と商業性を両立させた希有なハリウッド映画だからだ。
並の映画監督なら、「オッペンハイマー」を地味な伝記映画か、「パール・ハーバー」のようなおバカ映画にしていただろう。しかし、ノーラン監督は、愚鈍化させることなく、大ヒット映画に変えてしまった。「バービー」との相乗効果があったことは否定できないものの、ここまでの野心作を企画し、実現させたノーラン監督の賭けは報われてしかるべきだ。
実際、近年のアカデミー賞受賞作品は、芸術性は高いけれど、一般観客にはリーチできない地味な作品ばかりだった。一般の映画ファンならヒットしようがしまいが関係ないが、映像業界に身を置くアカデミー会員は負い目を感じていたに違いない。リスクを恐れ、判で押したようなフランチャイズ映画ばかりを生産している彼らにとって、「オッペンハイマー」は新たなロールモデルだ。しかも、潤沢な資金がある動画配信サービスではなく、既存のシステムで製作され、劇場でしっかり回収されている。応援をためらう理由はどこにもないのだ。
今年は「PERFECT DAYS」「君たちはどう生きるか」「ゴジラ-1.0」と日本作品が3本もエントリーしているので、このあたりの予想もしてみたい。
まず、国際映画賞だが、「PERFECT DAYS」はかなり追い上げている。だが、ホロコーストドラマの「関心領域」のほうがアカデミー会員との親和性が高い。
長編アニメーション賞に関しては、「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース」がアニー賞で圧勝したように、優勢である。しかし、前作「スパイダーマン スパイダーバース」がアカデミー賞を受賞しているため、次点の「君たちはどう生きるか」にも十分チャンスがある。
視覚効果賞に関しては、正当に評価すればギャレス・エドワーズ監督の「ザ・クリエイター 創造者」が圧勝だ。だが、「ゴジラ-1.0」には熱烈なファンがいるし、ノミネートされた作品のなかで予算、スタッフともにもっとも少ない。このあたりのハンデをプラスと捉える投票者が多ければ、受賞の可能性はなくはないと思う。
日本映画のノミネートも多く、例年にない盛り上がりを見せているのが嬉しい第96回アカデミー賞。全米の映画興行も回復傾向にあり、作品の層も年々厚くなってきているのを感じます。そんな中、候補作品で特に目を引くのはやはりボックスオフィスで特大ヒットとなった「バービー」と「オッペンハイマー」ですね。2023年の映画興行を牽引したこの2本を、アカデミー協会がどう評価するのか注目です。
【作品賞】
とはいえ、大ヒットした映画は逆に受賞しづらいのが昨今のアカデミー賞。昨年は“映画業界の救世主”と言われた「トップガン マーヴェリック」を本命に推しましたが、やはりオスカー像には手が届きませんでした。最大ヒット作「バービー」には不利なデータです。前哨戦で圧勝した「オッペンハイマー」も市場で大成功をおさめていますから、セオリー的にはかなり不利。もしかしたら別作品のサプライズ受賞があるかもしれません。その場合、漁夫の利を得るのは、「哀れなるものたち」か「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」か…という下馬評ですが、近年国際化が著しいアカデミー賞ですから、カンヌで好評だった「落下の解剖学」「関心領域」のほうが票を集めやすいのではないかと思います。
【監督賞】
前哨戦で無類の強さを誇ったクリストファー・ノーラン(オッペンハイマー)で揺るぎないでしょう。これまでアカデミー賞では冷遇されてきたノーランですが、ようやく正当な評価を得るときがきたようです。
【主演男優賞】
キリアン・マーフィ(オッペンハイマー)とポール・ジアマッティ(The Holdovers)の一騎打ちを制するのはどちらか…。予想が難しいですが、前哨戦終盤で重要賞を立て続けに受賞したマーフィーが有利と見ます。
【主演女優賞】
こちらもリリー・グラッドストーン(キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン)とエマ・ストーン(哀れなるものたち)の一騎打ちです。すでに1度受賞しており、今後も多くのチャンスがありそうなエマ・ストーンよりも、一世一代の大役を見事に演じきったリリー・グラッドストーンのほうに投票しようという心理が会員に働きそうな気がします。
【助演男優賞】
前哨戦を独走したロバート・ダウニー・Jr.(オッペンハイマー)の受賞がほぼ間違いなさそうなこの部門は、もはや彼がどんな受賞スピーチで魅了してくれるかが焦点と言えそうです。笑いあり、涙ありのスピーチに期待です。
【助演女優賞】
今年、ほぼすべての映画賞を総なめにしているのがダバイン・ジョイ・ランドルフ(The Holdovers)です。過去にもこれほど受賞結果が偏るのは見たことがありません。完全なひとり勝ちです。今年のオスカーでもっとも堅いのがこの部門と言ってもいいでしょう。
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