Predictions - 映画の専門家による今年のアカデミー賞受賞予想! - 今年のオスカー戦線を一言で言えば、「作家性」と「時代性」のせめぎ合いだろうか。作品賞は、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ワン・バトル・アフター・アナザー」と、ライアン・クーグラー監督の「罪人たち」が2強といえる。
現代米国において最も重要な映画作家といえるPTAだが、これまでアカデミー賞には作品・監督・脚本の3部門で11ノミネートされているにも関わらず無冠だ。とりわけ世紀の傑作である「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)が受賞を逃したことは今もってアカデミー賞の黒歴史だと思う。「ワンバト」は、PTAの中でも最も娯楽性の高い作品だが、その作家性は十二分に担保されていて、キャリア後期を代表する傑作であることは間違いない。ということで、作品賞の本命は、「ワンバト」を推したい。一方、「罪人たち」はアクターズ賞のアンサンブル賞(実質上の作品賞)を受賞し、キャストの支持の厚さを証明した。俳優の票が大きな力を持つアカデミーにおいて、この勢いは決して軽視できない。
監督賞はポール・トーマス・アンダーソンが最強だろう。DGA賞(監督組合賞)も制し、このカテゴリーは他の追随を許さない。作品賞と監督賞は本来はセットのようなものだが、アカデミー賞では割れることも多い。もし、「ワンバト」がどちらかを「罪人たち」に譲るとなれば、作品賞になる可能性もある。
俳優部門は、賞レース終盤になって混戦を極めている。主演男優賞は、年末に公開され賞レースに最後に参戦した「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」のティモシー・シャラメが、作品のヒットも後押ししゴールデングローブ賞(ミュージカル/コメディ部門)を受賞して勢いにのっていたが、終盤にきてBAFTA賞(英国アカデミー賞)、アクターズ賞を連続で逃した。代わって、勢いづいているのが、アクターズ賞で受賞した「罪人たち」のマイケル・B・ジョーダンだ。ホラー映画ながら、堂々の最多16部門ノミネートを勝ち取っている作品なだけに、なにか大きい賞はひとつは欲しいところ。ちなみに、「マーティ・シュプリーム」は驚くほどオスカーキャンペーンを繰り広げているが、効果はいかに。
主演女優賞は「ハムネット」のジェシー・バックリーがほぼ確定と思われる。
助演男優賞は、個人的には北欧の名優ステラン・スカルスガルドを推したい。が、前哨戦をみるとショーン・ペンが有力といわざるを得ない。「ワンバト」はオスカーキャンペーンを控えめにしか展開していないように思えるし、多くの授賞式を欠席しているショーン・ペンがアクターズ賞を受賞している。
そして最も読みにくいのが助演女優賞部門だ。エイミー・マディガン、ウンミ・モサク、テヤナ・テイラーが前哨戦でそれぞれ存在感を示しており、最後まで接戦が続きそうだ。個人的にはモサクもテイラーも推したいところだが、ここではやはりアクターズ賞を制したマディガンを本命とした。
今年のアカデミー賞は、結果だけなら、すでに終わっていると思う。
ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ワン・バトル・アフター・アナザー」は、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞(BAFTA)、全米監督組合(DGA)賞、全米制作者組合(PGA)賞と、主要な前哨戦をことごとく制してきた。2年前に「オッペンハイマー」が賞レースを席巻したのと同じ構図だ。よほどのことがない限り、作品賞と監督賞はこの作品とアンダーソンで決まるだろう。
では対抗馬はどうか。ライアン・クーグラーの「罪人たち」は、アカデミー賞史上最多となる16部門ノミネートという快挙を成し遂げた。「タイタニック」や「ラ・ラ・ランド」の14部門を超える歴史的な数字だ。ところが、この勢いが作品賞に直結するかというと、そう単純ではない。バンパイア・スリラーというジャンル映画は、アカデミー会員の保守的な感性とは相性が悪い。しかも「ワン・バトル・アフター・アナザー」と同じワーナー作品であることも、票を分散させる要因になりそうだ。
一方、主演男優賞は今年いちばんドラマチックなレースだった。「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」のティモシー・シャラメが、ゴールデングローブ賞と各州の批評家協会賞を制して独走態勢に入っていた。ところが、キャンペーンの過程で風向きが変わる。シャネルの広告にレッドカーペット、トークショーにパパラッチと、あらゆる場所に顔を出し続けたことが裏目に出た。「もうお腹いっぱい」という空気が業界内に広がり、アクター賞(旧SAG賞)でマイケル・B・ジョーダンに敗北。アクター賞はオスカーの最終投票期間中に発表されたから、タイミングとしてはこれ以上ないインパクトだった。ジョーダンの一人二役の離れ業と、クーグラーとの5度目のタッグが生んだ存在感。僅差にはなるだろうが、最終的にはジョーダンが逃げ切るのではないかと思う。
主演女優賞は「ハムネット」のジェシー・バックリーが盤石。ゴールデングローブ、BAFTA、アクター賞(旧SAG賞)と主要前哨戦を完全制覇しており、ここに波乱はなさそうだ。助演男優賞も「ワン・バトル・アフター・アナザー」のショーン・ペンが堅い。唯一読めないのは助演女優賞だが、エイミー・マディガンがわずかにリードしていると見る。
ここまで読んで「退屈な授賞式になりそうだ」と思った方もいるかもしれない。たしかに、結果だけ追えばそうだ。でも、今年のアカデミー賞の真のサプライズは、封筒の中ではなく壇上のマイクの前で起きる気がしている。
思い出すのは、2003年の第75回アカデミー賞だ。米軍がバグダッドに最初の爆弾を落としたわずか4日後のことだ。ドキュメンタリー賞を受賞したマイケル・ムーアは、壇上でブッシュ大統領に向かって「恥を知れ(Shame on you)」と叫んだ。会場にはブーイングが響き、のちに殺害予告まで届いた。それでも、あの瞬間はアカデミー賞の歴史に深く刻まれている。
今年の状況は、不気味なほどあの夜と重なる。トランプ政権による移民の大規模な取り締まりやジャーナリストの拘束、そして2月末に始まったイランへの軍事攻撃。2月のグラミー賞ではビリー・アイリッシュが「Fuck ICE」と叫び、バッド・バニーが「ICE out」と声を上げた。もっとも、映画界はトランプ政権一期目のころと比べてもずっと口をつぐんできた。昨年の授賞式でトランプの名前を口にした受賞者はほとんどいない。報復を恐れた自主規制が働いていたのだろう。けれど、空爆が続き、移民への締め付けが日ごとに強まるなかで、その沈黙も限界に近づいている気がする。
だからこそ、ショーン・ペンの助演男優賞には特別な意味がある。劇中でペンが演じたのは、国境の移民収容施設を統括する軍人だ。差別的で冷酷な、まさに「取り締まる側」の人間である。そして現実のペンは、トランプを「人類の敵」と呼び、ハイチでの人道支援でも知られる、ハリウッドきっての行動派の俳優だ。そんな彼が壇上でトランプ政権によって虐げられた人々を養護する発言をしたら、ムーアの「恥を知れ」以来の、オスカー史に刻まれる夜になるかもしれない。
今年のアカデミー賞の本当の見どころは、受賞者の名前ではない。彼らが何を語るかだと思う。
昨秋「ワン・バトル・アフター・アナザー」を観た瞬間から、今回のオスカーはワンバト祭りになる流れが見えてしまった。とともに、ものすごく個人的な好みの話ではあるけど、「ウィキッド 永遠の約束」が完スルーされてしまったのが残念過ぎて、今年のオスカーへの興味が削がれてしまった……。
その予想通り、オスカー主要賞前哨戦はほぼワンバト祭り。あぁ、やはり「ウィキッド」は昨年受賞させるべきだった、と悔しい思いでいっぱい(しつこい)。さて、今回のオスカーはワンバト、そして「罪人たち」の一騎打ち。ノミネート数でいくと、史上最多ノミネートとなった「罪人たち」のほうが強く見えるが、ノミネート数が多すぎると主要賞を逃すというジンクスもあるのがオスカー。加えて主要賞の前哨戦を勝ち抜いているのは“ワンバト”なので、このままゴールインという可能性が強くなっている。
健闘しているのは、近年の流行でもあるメタ映画の形式をとりつつ、非常にパーソナルな、それでいてどこにでもある父娘の確執を描ききった「センチメンタル・バリュー」。国際長編でも候補入りしつつ主要賞で軒並みノミネートを果たしており、欧州のオスカー会員からの支持が厚いだけに、ダークホースになる可能性もある(国際長編部門は当確だろう)。
【作品賞】
前哨戦PGAを制した“ワンバト”がフロントランナー。対抗馬となるのは「罪人たち」でほぼ2択。いずれも作品賞候補としてはエンタメ色が強いが、公開時から続く高評価ゆえにこの流れは止められないだろう。一方で、今回の候補のなかで唯一の純文芸で、10年前なら受賞確実の「ハムネット」や、この部門で強い伝記・実話ジャンルの「マーティ・シュプリーム」、オスカー常連監督作「フランケンシュタイン」や「ブゴニア」など、オスカーらしい作品群が全て霞むほどに2択。つ、つまらん……。
【監督賞】
前哨戦DGAを制したポール・トーマス・アンダーソンは当確。オスカー候補の常連というだけでなく、これまでは中小規模予算の内省的な作品で高い評価を集めていた彼が、大規模予算・大スター起用でスケール感をアップした“ワンバト”は、興収も評価も彼の代表作になるといっていいレベル。しかもこれまで世界三大映画祭で監督賞を受賞しているのに、まだオスカーを手にしていない。ディカプリオ、ベニチオ・デル・トロ、ショーン・ペンといったAクラス俳優に、言い方は悪いが汚れ役・新人の引き立て役をあてがったうえで、誰もとりこぼさずに輝かせた演出は、匠の技としか言いようがない。今回あげずにいつあげる、というタイミング。
【主演男優賞】
最有力前哨戦はアクター賞(旧SAG)。制したのはマイケル・B・ジョーダンでこちらもほぼ当確。というのも、アクター賞では作品賞にあたる映画アンサンブル賞に「罪人たち」が選ばれ、この賞を選んだ協会所属の俳優たちの評価は一極集中しているから(おまけに、オスカー会員で一番多いのは俳優ということも忘れてはならない)。次点となるレオナルド・ディカプリオは主演というよりも助演的な役回りだし、プロデューサーも兼務したティモシー・シャラメは今回を逃してもまだまだチャンスがあるとみられても仕方ない流れ。
【主演女優賞】
アクター賞の主演女優部門を制したジェシー・バックリーが一強。ちょっと前なら主要賞で祭りになってもおかしくない「ハムネット」はこの部門で最有力とみていい。次点は「センチメンタル・バリュー」のレナーテ・レインスベ。ヨアキム・トリアー作品常連の彼女は、21年の「わたしは最悪。」でカンヌ映画祭の女優賞を獲得してから、一気に国際的知名度を高め、本作で高みを観ることができるか。個人的にはケイト・ハドソンにぜひ受賞してほしいところだが、波が来ない限りはミュージカル映画にチャンスがない主要賞では難しいところ。
【助演男優賞】
“ワンバト”の影の主役でもあったショーン・ペン一択。アクター賞も受賞し、ますますはずみをつけている。が、油断できないのは「センチメンタル・バリュー」のステラン・スカルスガルド。ハリウッドでも大活躍する欧州の超大物俳優でありながら、これまでオスカーでの候補入りはなかっただけに、ここでオスカーをあげたいと願うオスカー会員も多いはず。
【助演女優賞】
主要賞で唯一混戦するのがこの部門。アクター賞の結果で言えばイミー・マディガン(「WEAPONS ウェポンズ」)に軍配があがるのだが、映画アンサンブル賞を受けた「罪人たち」でウンミ・モサクのチョイスも捨てきれない。そこに主要賞全部門でダークホース化した「センチメンタル・バリュー」の底力も加わり、パワーゲームが繰り広げられる。
Photo:Getty Images/ロイター/アフロ
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