第77回カンヌ国際映画祭ある視点部門のオープニング作品に選出された本作は、恋人を失った若い女性の1日を描き、喪失から再生へと向かう光の一片を16ミリフィルムカメラで捉えた映像で世界を魅了した。同じく、第77回カンヌ国際映画祭ある視点部門に日本人監督史上最年少で「ぼくのお日さま 」が出品された奥山大史 監督が、ルーナソン監督とオンラインで対談した。
▼カンヌでの経験、映画製作、映画に残した“余白"についての熱い思い
奥山:カンヌ映画祭のある視点部門で「
突然、君がいなくなって 」に出会って、自分の作品はこんなにレベルが高いところに並んでしまうのか、と正直ちょっと落ち込みました。同時に、素晴らしい映画に出会えた高揚感もあり、複雑な思いでドビュッシー劇場を後にしたことを昨日のことのように覚えています。感銘を受けたし、すごく共感できました。 ストーリー、カット割り、編集、音楽、そのすべてに余白があって、これでいいんだよなと勇気づけられました。
子供ではないけれど大人でもない世代の感情をとても丁寧に描いていたので、勝手に同世代くらいの方が作ったのかなと思っていたのですが、監督が僕よりもかなり年上の方だったので、びっくりしました。その感情をまだ覚えていて表現ができるなんて……。カンヌのオープニング上映は、ルーナソン監督にとってどんな瞬間でしたか?
「突然、君がいなくなって」 (C)Compass Films,Halibut,Revolver Amsterdam,MP Filmska Produkcija,Eaux Vives Productions,Jour2Fete,The Party Film Sales ルーナソン:カンヌは、映画のスタート台として、適した場所と言えますよね。 必ずしもベストな映画がカンヌにあるとは限りませんが、映画の人生をスタートさせるのにおいて不可欠な、大切な場所であることには間違いありません。
奥山:僕もカンヌ映画祭でスタートを切れたからこそ上映が決まった国、出会えた観客がたくさんいると思っています。
ルーナソン:奥山監督の「
ぼくのお日さま 」、本当にすばらしかったです。特に、繊細な感性と人間味溢れるキャラクター、そして余白があり、とても好きな作品でした。 同時に、専門店に足を運んだような感覚もありました。なんでも売っているスーパーではなくて、ワインだったら、このぶどうはこの地域のこういう陽を浴びて……といったことを教えてもらえるような。私はフィギュアスケートのことは何も知らなくて、この作品を観て、感じて、学びました。
そういうディテールは映画に必ずしも必要ないのかもしれないけれど、必要なものだけ詰め込んで映画を撮ると、結局どの映画も同じになってしまう。そこに監督の作家性、個性が出て、人間味のある作品につながっていくのだと感じました。
「ぼくのお日さま」 (C)2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINEMAS 奥山:余白を意識して作ったため、そう言っていただき光栄です。ルーナソン監督の映画にも、かなり強い意志をもって余白が残されていたように感じましたが、どのように考えられながら映画を撮っているんでしょうか?
ルーナソン:ワイドショットでカメラは、主人公を代弁しています。 かと思えば、カメラが非常に主人公に近く、一体化したような感覚のときもある。 この組み合わせで、カメラが「観察」ではなく「目撃」しているということを表現しています。
本作では、若い人が同世代の人を亡くします。若い時にこういったことを経験すると、今まで、「自分は無敵だ。空は果てしなく、地平線もずっと続く」と思っていた世界が、そうではなかったと突きつけられる。 それは非常に私的ながら、リアルな感情を生む。曖昧なものであっても、その中に美しさを見出すことができる。そういった、グレーな部分にあるものを撮りたいという気持ちがあります。
カット割りについては、割りが多いと、見ている人が作り方の構造に気が付いて、映画を見ているという意識を持ってしまう。 ゆったりと自分を沈めて没入するには、途切れさせないようにしたい。 脳の中の理論的な部分じゃなく、感情に働きかけるものを撮りたいんです。プロットで引っ張っていく映画というのもありますが、この作品はそうではない。登場人物とともに経験していくことによって進んでいくよう、編集をする段階でも、割りすぎない、区切りすぎないということを心がけました。映っているものは、編集しすぎずになるべく残したいと思っています。
「突然、君がいなくなって」 (C)Compass Films,Halibut,Revolver Amsterdam,MP Filmska Produkcija,Eaux Vives Productions,Jour2Fete,The Party Film Sales 奥山:左脳よりも右脳に訴えかけたいということですね。おっしゃる通りの映画が出来上がっていると思いました。この作品でMise en scène(=演出)をすごく感じたんです。 聞こえてくるちょっとした音、一瞬射し込む光、着ている服のシワひとつとっても、すべてが演出に思えてしまうぐらい、一つ一つに意味を感じることができる。それだけ、無理して説明されていないからこそ、いたるところに意味を感じる映画だなというふうに思いましたね。
▼フィルムでしかとらえられないエネルギー、色彩へのこだわりと憧れ
奥山:光の美しさとか、余白の美しさに作用しているたくさんの理由の一つに、16ミリフィルムの質感というものもありますよね。
ルーナソン:私の作品は1作以外すべてフィルムで撮影しているのですが、特に16ミリフィルムがお気に入りなんです。年齢を重ねるほど、フィルムで撮ることにこだわりが強くなります。16ミリには、エネルギーを感じます。今回は特に若い人のエネルギーに満ちた、むき出しな感情とかザラザラした感じがあったので、16ミリで撮るのが正しいんじゃないかと思いました。
「突然、君がいなくなって」 (C)Compass Films,Halibut,Revolver Amsterdam,MP Filmska Produkcija,Eaux Vives Productions,Jour2Fete,The Party Film Sales 奥山:フィルムの荒削りさを用いて若者の感情を映したいというのはすごくわかります。デジタルはピクセルという正方形の集まりなのでギシッと隙間なく埋まっていますが、フィルムは、感光材の粒子による丸い点の集まりですから。 そういった、余白のある丸の集まりか余白の無い四角の集まりか、という差でもあると思っています。その結果、アイスランドの風景も相まってなのか、どこか印象派の絵画のような柔らかいタッチになっているな、と感じました。
ルーナソン:デジタルでは、より多くの情報を記録できるにもかかわらず、どうしても捉えきれないものがある。光のミッドトーンがそれです。フィルムの場合、解像度は劣るものの、滑らかで自然な階調を表現できるため、ミッドトーンを捉えて美しく見せることができる。本作は光が重要な登場人物の一人でもあるので、それを捉えたいというのも、やはり16ミリで撮った大きな理由の一つですね。
「ぼくのお日さま」 (C)2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINEMAS 奥山:僕もフィルムで撮りたいのですが、予算的にも時間的にもハードルが高いのが現状です。現像できる場所が日本でも限られてきています。それでもフィルムで撮る監督がいる以上、フィルムというものは存在し続けると思うので、ぜひ今後もルーナソン監督には、堅い意志を持ってフィルムで撮り続けてほしいなと、一ファンとして思います。
「突然、君がいなくなって」 (C)Compass Films,Halibut,Revolver Amsterdam,MP Filmska Produkcija,Eaux Vives Productions,Jour2Fete,The Party Film Sales ルーナソン:私からも、「
ぼくのお日さま 」について伝えさせてください。私たちはこの映画で主人公の少年と旅をして、ラストシーンの頃にはもう、少年自身の感覚になっている。そこへたどり着くまで、嫉妬であったり、いろんな感情がきっとあったけれど、説明されることはない。その部分に奥山さんのオリジナリティを感じましたし、美しい映画だと私は感じました。
奥山:嫉妬の切り取り方に関しては、確かに「
ぼくのお日さま 」で説明せずに描こうとしていたので、「
突然、君がいなくなって 」を観たときに、 女性2人の姿がガラス越しに重なり合っていく、というシーンを通した感情の描き方に強く共感を覚えました。お互いの作品を通してシンパシーを感じられた気がして、すごく嬉しいです。
▼作品情報
■映画「
突然、君がいなくなって 」
6月20日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
アイスランド美大生ウナには、大切な恋人ディッディがいる。しかし、彼には遠距離恋愛をしている長年の恋人、クララがいるため、2人は関係を秘密にしている。ある日ディッディはクララに別れを告げに行くと家を出た後、事故に巻き込まれ帰らぬ人となってしまう。誰にも真実を語ることができないまま、ひとり愛する人を失った悲しみを抱えるウナの前に、何も知らないクララが現れる――。
■映画「
ぼくのお日さま 」
2025年8月2日(土)Blu-ray & DVD発売/予約受付中
監督・撮影・脚本・編集:
奥山大史 出演:越山敬逹、
中西希亜良 、
池松壮亮 、
若葉竜也 ほか
主題歌:ハンバート ハンバート「
ぼくのお日さま 」
アイスホッケーが苦手で ことばがうまくでてこない少年。選手の夢を諦め、恋人の地元でスケートを教えるコーチ。コーチのことが少し気になるフィギュアスケート少女。田舎街のスケートリンクで、3つの心がひとつになって、ほどけてゆく――。雪が降りはじめてから雪がとけるまでの、淡くて切ない小さな恋たちの物語。
(C)Compass Films,Halibut,Revolver Amsterdam,MP Filmska Produkcija,Eaux Vives Productions,Jour2Fete,The Party Film Sales