【「未完成の映画」評論】“ロックダウン映画”の名がこれ以上ふさわしいものはない快作
2025年5月5日 10:00

少し遠回りになるけれど、まずはオリヴィエ・アサイヤスの新作「季節はこのまま」にふれてみたい。パンデミックの恐怖に打ちのめされた“あの頃”から早くも5年、世界の終わりさえ思った往時の危機感がいまやもう懐かしさのようなものに変わっているのだと、映画は示唆するかに見える。あの幽閉の日々を「奇跡のような幕間の時」と逞しく受け容れるアサイヤスは、今は亡き両親の家に退避した監督その人を思わせる兄と弟のパーソナルな暮らしを掬う。それが外界の恐怖をふと忘れ、自然の中のヴァカンスの情景とも見える様を活写する。パンデミックの時空を素材にしつつもむしろ兄弟が分かち合う親密さや反発、その微笑ましい心模様を映画の核としてみせる。
そんな一作を紹介する業界誌ヴァラエティの評に“ロックダウン映画”の第一波なる表現をみつけてそういえばと、ワン・ビン「青春」第3部「帰」の終幕、2019年3月の場面にパンデミックの脅威の予兆のようにマスク姿のひとりが切り取られ、ジャ・ジャンクー「新世紀ロマンティクス」にもマスク姿の乗客を満載したフライトの図があったと思いあたった。が、それをいうならやはりと想起されたのが、パンデミック始まりの時の刻々をアクチュアルな経緯として切り取りみつめるロウ・イエの「未完成の映画」。“ロックダウン映画”の名がこれ以上ふさわしいものはないと断言したくなる快作だ。
10年前未完に終わった映画を完成しようと集った監督、主演スター、そしてクルーが2020年1月、ホテルに缶詰めにされていく。確かな事情が見えぬまま、ウィルスの噂がささやかれ、不穏な空気が漂い、武漢出身のヘアメイク係が帰宅を余儀なくされる――。アサイヤスの映画がコロナによって皮肉にも現出したサンクチュアリめいた時空を差し出すのに対し、ロウの映画は迷いなく得体の知れない恐怖の下で人を蝕むパニックの感触をきりきりと見つめ尽くす。
幽閉の事態、その不自由をめぐるストレス、憤り。挙句の果てに生じる台風前夜にも似た高揚感、やけっぱちの明るさ、連帯感。そんな“今”を記録するドキュメンタリー然と進む映画が実はロウと公私にわたるパートナー、マー・インリーの共同脚本のたまもの、要は限りなく記録に近いフィクションの力と気づくと、改めてジャンル映画の背後に時代や人がくぐりぬけた現実を睨み、歴史/物語としぶとく切り結んできたロウの映画の虚実皮膜な力を噛みしめることになる。
“囚われの身”となった主演スターやクルーの撮るスマートフォンの縦型のフォーマットがスクリーンに居座り、現実を掬う市民のネット動画が虚に実を融け合わせる。そうすることで検閲、またしても上映禁止の憂き目を招くと知って尚、撮り続けるロウの映画の天晴な挑発精神。ロックダウン映画を貫くロックな心をしかと受け止めよう。
(C)Essential Films & YingFilms Pte. Ltd
執筆者紹介
川口敦子 (かわぐち・あつこ)
映画評論家。著作に「映画の森―その魅惑の鬱蒼に分け入って」(芳賀書店)、訳書には「ロバート・アルトマン わが映画、わが人生」(キネマ旬報社)などがある。
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