【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「わたのまち、応答セヨ」
2025年4月27日 21:00

恥ずかしいことに本作を観るまでまったく知らなかったのだが、「綿」が日本に伝来したのは平安時代の初めというずいぶん古い時代のことだったらしい。愛知県の三河湾に「崑崙人」(インド人だったとも言われている)が漂着し、綿の種を持ち込んだと伝えられている。
ただ綿はインドの主産業だったことからもわかるように、亜熱帯や熱帯で育ちやすい植物で、日本の気候にはあまり向いていなかった。このため平安時代の崑崙の綿はそのまま途絶え、中世にいたるまでは衣類のほとんどは麻で織られていたのだ。貴族社会では絹も使われていたが、庶民の衣類というと圧倒的に麻だった。
江戸時代ぐらいになって、ようやく綿の栽培が本格的に日本でもはじまる。その中心になったのが、温暖で水も豊富で、東海道沿いにあって交通も便利だった三河地方だった。ここから「三河木綿」と呼ばれる綿織物の歴史が始まる。三河木綿は、わかりやすくイメージすれば柔道着の刺し子のような風合い。丈夫で摩擦に強く、素朴で、洗えば洗うほど風合いが出てくる。質実剛健なことで昔から有名な三河武士のような素材だったのだ。

こうして三河木綿は日本全国に知られるブランドとなり、明治時代になってからは織機の導入とともにさらに産業として盛んになり、その繁栄は戦後まで続いた。ところが二十一世紀に入るころから、中国の安価な綿製品に市場を奪われ、産業として絶滅寸前にまで追いやられる。
ここまでが、本作の前提。映画のスタート地点はここからである。本作はひとことで言えば「斜陽になった地域の産業を盛り上げようとがんばる人たちを取りあげたドキュメンタリー」なのだが、そのような作品は過去にいくらでもある。この設定だけを目にして「ああ、またその手の映画か」と感じる人は少なくないだろう。

しかし本作の企画・プロデュースは、日本テレビの伝説的な番組「電波少年」を手がけた土屋敏男である。彼がそんな凡百な作品を作るわけがないだろう、そう期待しながら本作を観てみると、みごとにその通りの突拍子もない作品にできあがっていた。これはすごい。

やがて物語は、ロンドンの街へと向かう。西欧の街で披露される三河木綿は、「日本の古い伝統」という表情を脱却し、まったく新しく斬新な風情へと進化しているようにさえ見える。そして最後には、驚くべき奇跡的な瞬間が訪れる。このラストを観るためだけにも、本作を観る価値はあるとさえ感じた。
日本の古いドキュメンタリー映画では、制作者は一歩引いて客観的な第三者として対象を見つめようとする作品が多い。しかし本作は「応答セヨ」と対象に迫り、コミットし、監督ら制作者の当事者性を前面に出して出演者らとともに物語を紡ぎだしている。そこには土屋敏男の「電波少年」以来の一貫した制作姿勢も感じられ、さらにそこから一歩踏み込んで、これこそが二十一世紀ドキュメンタリーの面白さであると強烈に印象づけられるのだ。

(C)ゴンテンツ
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