【「2040 地球再生のビジョン」評論】不安を煽るドキュメンタリーとはひと味もふた味も違う、娘に贈る“未来のビジョン”
2025年1月12日 15:00

1981年アメリカで初めて報告されたエイズ、1990年代にアウトブレイクしたエボラ、2020年に国内初の感染が確認された新型コロナへと、致死性の高いウィルスの出現で数多くの人々が犠牲になった。あくまで私見だが、もしかするとウィルスとは地球から人類への警告ではないかと思う。成長や発展という名の下に自然を破壊し、命の源である水や空気の汚染にもお構いなし。我が物顔で振る舞う人間をこれ以上野放しにはできない。地球という生命体は大いに怒っているのだ。
コロナ前後でライフスタイルが大きく変わった。例えば食生活。驚異的な成長を促す食肉の増産、土の命を奪う化学肥料を大量投下した食物の世界への流通、新食感で中毒性を伴うスナック菓子や飲料の過剰摂取で体型も様変わり、肥満を指摘される人が増え続けている。環境や企業の隠蔽工作など、直視したくない(=されたくない)現実を突きつける社会派ドキュメンタリーが数多く製作されている。だがその語り口は往々にして深刻で不安を煽るものが多い。
「2040 地球再生のビジョン」(2019)は、不安をかき立てる警告型ドキュメンタリーとはひと味もふた味も違う。オーストラリアの映画監督デイモン・ガモンは、4歳の娘が25歳になる2040年に世界はどう変わっているのだろうと想像し、娘のベルベットに暮らしてほしい“未来のビジョン”を探すことにする。自宅を地球に見立てて環境のメカニズムを紐解くと、現実に即した解決策を実践する専門家を訪ねる11カ国を巡る旅に出る。
バングラディッシュの青年は電力共有システムを発案する。自家用の太陽光発電システムで電力を蓄えて必要な分だけを使う。一軒の発電量は僅かだが、家と家をつないで互いにシェアすることで経済的なメカニズムも備える。巨大インフラを必要としないこのネットワークが世界に広がったとしたら…。
海では海藻養殖によって海洋環境の改善に取り組む人がいる。光合成で酸素を生成する海藻は、魚類の生息域を広げる食材だけではなく、工業、医療、飼料や肥料など用途も多彩だ。自動運転車でライドシェアする提案や資源を可視化する最先端技術による取り組みも進んでいる。さらに利益が循環する“ドーナツ経済学”の提唱者や、オーストラリアには土壌回復を促す再生型農業の実践者がいる。まさに目から鱗、この手があったかと唸らされる“解決策”のオンパレードなのだ。
事を深刻に受け止めるのではなく、声高に叫ぶこともせず、利権や既得権に執着することもない。目の前にある課題と対峙し、等身大で活動を続ける人の声に耳を傾ける監督は常にポジティヴに考える。自然と共生する活動の輪が広がれば未来はきっと明るくなるはずだから。
本編には親子三人で植樹する場面がある。小さな苗木を見つめる幼い娘は裸足だ。素足で土を踏みしめたベルベットは、父が託した“未来のビジョン”を胸に刻んで、自分の足で歩き続けることだろう。
執筆者紹介

髙橋直樹 (たかはし・なおき)
1962年生まれ。大阪芸大卒。
映画.com編集顧問、ティー・ベーシック代表。
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