母たる人のさみしさと欲望 セックスはエロく、人間たちの感情の描きかたは乾いているまじめな映画「山逢いのホテルで」【二村ヒトシコラム】
2024年12月1日 22:00
作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回はフランスの名優ジャンヌ・バリバールが主演を務めた大人のラブストーリー「山逢いのホテルで」。息子をひとりで育てながら、小さな町で仕立て屋として働く主人公の秘めた欲望と予期せぬ恋を繊細に、スイスアルプスのダイナミックな風景ともに描く物語です。本作に感動したという二村さんは「とてもまじめな映画」と評します。
ぼくは60歳になりました。おめでとうございます。うかつに長生きしたものです。ところで「山逢いのホテルで」の主演女優ジャンヌ・バリバールさんは、ぼくより4歳だけ年下の1968年生まれだそうです。
お若いとかお美しいとか、ここに書いてもしかたがない。映画の中で彼女はけして若くは見えないし、たしかに美しいけれど、美しさというのは彼女が演じるクローディーヌのキャラクターの本質ではないです。週一で山合いのホテルで、いろんな中年・初老の男性を逆ナンパして(余談ですけど「逆」ナンパっていうのも変な言葉だよなあ。なにが逆だというのか)一瞬でセックスにもちこむための武器の一つにすぎない。
寝た男から金品は受け取らないとか、気にくわなかった男を(なにが気にくわなかったのかなんとなくわかるけれどもはっきりとは語られない、全体的に説明が少ないのも映画としてとてもいい……)ふることもあるとか、やってみたけど失望することもあるとかのほうが、彼女のことを考えるために重要です。スイスやフランスだけじゃなく日本にも、きっと世界中にもたくさんいる現実のクローディーヌたちは、美しかろうが美しくなかろうが関係なく、それぞれの人にそれぞれ独特の性欲があって、さみしさがあるでしょう。
映画は、熟女がどのように男に声をかけてセックスしているのかだけが主題ではなく、まず、彼女は母親です。母たる人の、さみしさと欲望という重大問題もテーマです。
そして彼女の息子のキャラクター。これは公式の「あらすじ」にも書かれていることで、ぼくは実はそれを知らずに観て、先入観をもたずに観ながらいろいろ考えて「うーん、すばらしい映画だった」と感じ入ったので、できれば多くの人にそれを知らずにまず観てもらいたい気持ちもあるのですが、しかし映画の宣伝としては書いておかないわけにはいかないよねえ。
ひとつ言えるのは「山逢いのホテルで」は、とてもまじめな映画だということです。まじめというのは、お涙頂戴の感動ポルノという意味ではありません。まったく逆です。セックスそのものは映画のなかでとてもエロく描かれ、そして人間たちの感情の描きかたは乾いている。そういうところがまじめで、とてもいい。
きもちよかったセックスの相手は(きもちよくなかったセックスの相手も、なんならセックスしなかった相手も)生きた人間であり、もし数時間かぎりの相手であっても、数時間かぎりの相手だからこそ、むこうにはセックスとは別の日常があり、こことは別に暮らしている街があり、つまり人生がある。セックスの相手一人一人の生活の描写を(息子のために)まるでコレクションしてるかのようなクローディーヌにも、クローディーヌ自身の「相手には知られたくない人生」がある。
そして息子には息子の人生があって未来がある。シングルマザーであるクローディーヌの職業は仕立て屋で、ウエディングドレスも作ります。ウエディングドレスをこれから着ることになる若い女性は幸せなんだけど未来が不安そうです。誰だってそうでしょう。そこにクローディーヌの息子が入ってくる。すごい映画だと思いました。
監督もすごいのですが、人物に対してはアップを多用したカメラワークがすごい。マキシム・ラッパズ監督はこれが長篇第1作だそうですが、カメラマンは、圧倒的問題作ばかりのダルデンヌ兄弟の監督作を撮ってる人だそうです。なるほどね。アルプスの山合いの巨大なダムの明るい景観と、ほの暗い部屋での枯れきっていない女の裸体の説得力がこの映画の第一印象ですが、クローディーヌ以外の登場人物たちも一人一人、とにかく全員の表情が実にみずみずしいのです。語り口は乾いているのに。
さっき「きっとクローディーヌは世界中にいる」ということを書きましたが、「いや、こんな粋(いき)なホテルは日本にないだろ」と言われてしまうかもしれませんが、日本にはハプニング・バーという場所があります。(もしかしたら大阪万博を前にした街の浄化作戦で関西のハプニング・バーは摘発があいつぐ可能性がありますから注意が必要ですが)いちおう素人の女性が身元バレせずに、そこに来ていた見ず知らずの感じのいい男性とセックスすることができる場所です。それからマッチング・アプリを介した不倫も今めちゃめちゃ多いですよね。こないだ「女性も男性も、既婚者でないと登録できない」というアプリが実在するのを知って仰天しました。日本も進んでいます。
ぼくの知り合いのある既婚女性は「つらい日常生活をこなしていくために、深入りはしない婚外セックスが自分には絶対に必要」とおっしゃっていました。つまりその彼女の場合は不倫を終えて家に帰ると、なにかとムカつく旦那さんにも優しくできるということなのです。クローディーヌのケースとはちがいますが、通ずるところはあるのではないでしょうか。
それともう一つ変な話をしますと(ぼくは変な話だとはあまり思わないのですが)、ダム湖のほとりのホテルという設定がとてもエロチックだと思いました。ぼく自身にはその性癖はないのですが、とてつもない量の水をたたえて水圧に耐えているダムという巨大建造物に性的な興奮をおぼえるというのは、まあまあメジャーなフェティシズムの一つです。監督、わかってるなーと思いました。ロケ地はヨーロッパ最大のダム湖だそうです。
邦題、考えましたね。原題は「Laissez-moi」、「わたしをほっといて」という意味だそうです。クローディーヌの思いだとすれば「わたしの正体に関心をもたないで」ということでしょうが、これは彼女の息子を主語にとることもできますね。味わい深い、悲しくて美しい、いいタイトルですが、直訳だとやっぱりちょっとタイトルとして無理ですね。でも「ダム湖畔のホテルで」とか「山合いのホテルで」だと地味すぎてだめですね。
「山逢い」という日本語は聞いたことなかった(埼玉県に「山逢の里」というキャンプ場はあるとのこと)ですけど、「逢い」は「逢引(あいびき)」の「逢い」ですね。性的な密会という意味ですね。とても色っぽいタイトルだと思います。
二村さんの映画.com連載の一部を収録した、二村ヒトシ映画コラム集『AV監督が映画を見て考えたフェミニズムとセックスと差別と』が、一部の書店や、通販(https://jp.mercari.com/shops/product/aE9zVPGbo4KkTCmBxg4sXa?source=shared_link&utm_source=shared_link)で発売中です。
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