【「ゴミ屑と花」評論】ゴミ収集車での作業をモチーフに現代社会の縮図を描いてみせる
2024年9月1日 07:00

ゴミの収集日、朝起きてゴミ出しがギリギリの時間帯になった際、“パッカー車”と呼ばれるゴミ収集に特化した、特殊用途自動車で作業する方々と遭遇した経験のある方は少なくないだろう。集積所でごみを収集し、処分施設へと運搬するのが彼らの業務。ちなみに国土交通省による区分では、ゴミ収集車両のことを“塵芥車”と称しているという。「ゴミ屑と花」(2023)は、ゴミ収集作業に従事することになった男性が、研修期間の指導員となる先輩作業員と共にゴミ回収してゆく姿を描いた作品だ。特筆すべきは、家庭生活で生じた“家庭系ゴミ”ではなく、店舗や会社などで生じた“事業系ゴミ”を収集する業者をモチーフにしている点にある。
花柳のぞみが演じる指導員の橋本は、ゴミ袋を車両の投入口へと的確なコントロールで放り投げ、無駄口を叩くことなく手際よくゴミを回収してゆく。店舗閉店後の時間帯での作業となるため、作品の舞台は自ずと夜になる。そのためか、彼女の毅然とした所作は、夜の街を駆けてゆく姿と相まって、まるでハードボイルド作品に登場する無骨なキャラクターのようなのである。その佇まいや動作は、植木祥平が演じる研修中の尾崎との見事な対比を視覚的にも導いていることを窺わせる。尾崎には、或る出来事をきっかけとしたトラウマがあるという設定。共同で脚本も手掛けている大黒友也監督は、そういった個人的な事情を、仕事先で出会う人々のバックグラウンドにも施している点が重要なのだ。
「ゴミ屑と花」は、自主映画や学生映画を対象に、新たな才能を発掘してきた田辺・弁慶映画祭で映画.com賞に輝いた作品。今も昔も自主映画の多くは、友人関係や恋愛関係など「半径数メートルのことしか描けていない」と揶揄されてきたという経緯がある。本作においても、主要登場人物はふたりで、映画の主な舞台はごみ収集車の狭い車内。ともすれば「半径数メートル」しか描けない設定でありながら、「ゴミ屑と花」は確実に現代社会を描いて見せている。それは、一晩で200件のゴミを処理する橋本と尾崎のコンビが、仕事先で出会うことになる心ない言葉を投げかける酔っ払いや、ゴミ捨てのルールを守らない外国人労働者とのやりとりによって、彼らを取り巻く世界が現代社会の縮図であるかのように感じさせるからなのだろう。
もうひとつ、年齢や性別だけでなく、社会経験のあり方においても異なる橋本と尾崎が、夜の街を往くゴミ収集車の移動中に相互理解を形成してゆくプロセスは、<ロード・ムービー>のように感じさせる由縁でもある。そもそも、自主映画の世界でゴミ収集車をモチーフにしながら、知られざる社会の断片を描こうと試みる映画監督は稀だ。しかも、本作はたった一夜の出来事を描いた30分の短編なのである。印象的なのは、厳しい労働環境の中で出現する希望のありかのようなものとして、シュレッダーで裁断された紙片が、まるで散りゆく桜の花びらのように舞うショット。たった一夜を描くだけで、これほどまで鮮やかに社会や人間を描くことができるとは。驚くべき作品である。
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