【「ブルーピリオド」評論】自分にしか見えない世界を絵に描いたことで、解き放たれ浮遊する
2024年8月11日 10:00
「好きなことをする努力家は最強なんです」―薬師丸ひろ子演じる高校の美術教師が、眞栄田郷敦演じる主人公・八虎に放つこの言葉が作品を貫く。芸術とは才能なのか、天才とは誰なのか。高校2年生のその瞬間まで、生きている実感が持てなかった青年が、楽しいという理由だけで、人生を決めていいのか悩みながらも、自分にとって本当に価値のあるものとは何なのかを追求していく姿が見るものの心に刺さる。
学校の成績は優秀で、いつもまわりにあわせて器用に生きてきた八虎。そうやってこの先も生きていくのだろうと漠然と考えていた時、仲間たちと夜明かしした早朝の渋谷の街の風景が、青く見える。自分にしか見えない世界を、授業の課題で絵に描いてみたことで、それまでの自分から解き放たれ、早朝の渋谷の街に浮遊している感覚になる。本当の自分をさらけ出してもいいのだと。
だが、さらけ出した本当の自分を否定されるのは辛い。しかも絵を描くことの面白さに目覚めたはいいが、目指すは国内最難関の東京藝術大学だ。現役生の倍率は200倍、合格するのは毎年5人ほどで、絵画科は日本一受験倍率が高い学科と言われている。それでも、立ちはだかる“天才”や才能あるライバルたちと“藝術”という壁に、八虎は情熱と努力、そして自分だけの色で挑んでいく―。
「マンガ大賞2020」を受賞した山口つばさによるこの傑作漫画(累計発行部数700万部突破)の世界をどうやって実写化し、“絵を描く過程”をエンターテインメントとして映画に昇華させるのか。八虎を演じる眞栄田をはじめ、高橋文哉、板垣李光人、桜田ひよりら若手の実力派が集結し、クランクインの前からそれぞれが絵の練習をスタート。絵を描く手元のシーンは吹替なしで撮影に挑んでいることから、絵を描く実際の熱気や醍醐味がスクリーンから伝わってくる。原作に登場する絵をベースにした本物の絵も使用されているという。
監督は「サヨナラまでの30分」などの作品で青春劇に定評のある萩原健太郎監督に託された。プロデューサー陣の原作への熱い思いが伝わり、原作者・山口の信頼と実写化の快諾を得て、美術=藝術の面白さを斬新な演出で表現。さらに脚本、撮影、照明、美術、スタイリスト、ヘアメイク、絵画指導、美術アドバイス、そして音楽にいたるまで各パートが原作に最大限のリスペクトを示し、俳優陣、製作陣の熱き思いが結実した青春ストーリーとして完成した。
ありのままでいい、好きなことにチャレンジしていく本気、天才ではないのなら、努力を武器に、一歩踏み出してみる。それまでの自分の生き方に苦悩し、自信が持てなかったり、傷つくことを恐れ、目標が見つからず、もがき苦しんでいる人、またはそんな経験がある人に、勇気を与えてくれる作品だ。
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