【「めくらやなぎと眠る女」評論】赤と緑の補色と線描で心の揺らぎを彩る
2024年7月28日 13:00

妻キョウコが家を去って無気力に囚われ、会社に休暇を申請する男・小村。突然自宅に「かえるくん」がやって来て、東京を救うパートナーに指名されてしまう独身男・片桐。物語は対照的な二人の男を中心に展開する。
原作は村上春樹の短編6作品だが、発表時期も設定も異なる。それを「2011年、大震災後の東京」を舞台として7章に統合した構成となっている。二人の男の職場は新宿の「東京安全信用金庫」であり、物語は接点を持ちつつ同時進行して行く。作中には虚実が混在するが、そのイメージのスイッチは繊細だ。たとえばキョウコとオーナーの乾杯の瞬間、カメラはイマジナリーラインを跨ぎ位置が逆転する。
ピエール・フォルデス監督は脚本・キャラクター&プロダクションデザイン・ストーリーボード(絵コンテ)・音楽(演奏も)などの要職を兼務。集団創作でここまで個性を徹底した長編アニメーションは稀だ。
2Dのセルルックながらデザインも演技も生々しい。実写を引き写すのではなく、ガイドとして活かしつつアニメーターが作画を行い、音声は最終的にアフレコだという。揺れ動く線描のポーズとタイミング、呟きや囁きの台詞に、その成果が発揮されている。
「日本のアニメ」キャラクターは、身体はリアルだが顔は平面的で眼だけが巨大だと評される。眼球を意識した瞼の膨らみや鼻翼・人中・唇などのデコボコは描かない。額や頬のしわも高齢者の記号程度だ。本作では16歳の少女でも頬や眉間にしわが浮き出す。眼も切長で瞳孔にはハイライトがない。要するに、華美に誇張された顔の演技に頼る姿勢が全くない。
さらに背景と色彩設計が秀逸だ。キーカラーは、退色した赤と緑だ。赤は衝動や情熱、緑は理性や自然を象徴する。色相環では対極に位置する補色だ。その意図的配置は人物の心理や関係性を示す。
小村とキョウコのエピソードでは赤が目立つ。小村の家の外装の木板は赤茶。キョウコがテレビを見るリビングのソファ、アルバイト先だったイタリア料理店のテント、オーナーの住む6階の廊下、キョウコとケンが座るソファ、これらは全て赤だ。小村が乗る急行列車の椅子、バーのカウンター、釧路のラブホテルの内装、壁の春画、バスタブ、ベッド、クッションは全て赤。シマオは赤い髪だ。
一方、緑は片桐のエピソードで多用されている。「かえるくん」の全身は元より、片桐のエプロン、ネクタイ、スリッパ、ティーカップ、キッチン収納、病室の壁、買い求めた「アンナ・カレーニナ」の本も緑。敵であるミミズくんのイメージは赤だ。
小村の最後のエピソードでは赤の割合が減っている。パスタのトマトソース、路地裏の木の幹、少女の家の庭奥の紅葉(夏なのに)くらいだ。小村は青空の下で緑の庭を通る「ワタナベノボル(猫)」を待つが、ついに見つからず。空は灰色に曇って行く。見つからなかった猫は夢想の中で青く輝き、漆黒に溶ける。「空気の塊のようだ」とキョウコにたとえられた小村は、無色透明となって執着から脱して昇天する。そして、キョウコの転居先には鮮やかな色がない。名もない群衆は、酒場でも雑踏でも空港ロビーでも半透明または影だ。
線描の揺らぎと計算された配色による心理の表現。それはまさに、2Dアニメーションならではの魅力である。
(C)2022 Cinema Defacto - Miyu Prodcutions - Doghouse Films - 9402-9238 Quebec inc. (micro_scope - Prodcutions l’unite centrale) - An Origianl Pictures - Studio Ma - Arte France Cinema - Auvergne-Rhone-Alpes Cinema
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