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【「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」評論】「黒船」来航の前と後、別れと出会いが紡ぎ出す加藤和彦の世界へ

2024年6月2日 09:00

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「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」は公開中
「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」は公開中
(C)「トノバン」製作委員会

結論から書いてしまおう。日本のポップ・ミュージック界における加藤和彦さん、愛称トノバンとは突如として飛来した宇宙人に違いない。「帰ってきたヨッパライ」から突出した存在となった彼のバイオグラフィを辿ってもらえれば一目瞭然。軽やかな歌声、唯一無二の独創性溢れるアレンジで一度耳にしたら忘れられない。聴く者に無理を強いることがない歌がすっと耳に馴染む。

加藤和彦という稀有なる才能を正しく評価すべきという高橋幸宏の提言が発端となり、本作の監督、相原裕美の呼びかけでこの映画が生まれた。学生時代に結成したザ・フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」(1967)誕生秘話と超現象化の経過を皮切りに、「イムジン河」(1968)の思わぬ波紋と「悲しくてやりきれない」(1968)のスマッシュヒットへ。期間限定のバンドを解散すると、第一期といえるソロ活動の後、サディスティック・ミカ・バンド(以下ミカ・バンド)を結成。1974年に先見性をいち早く評価したロンドン録音による革新的アルバム「黒船」をリリース、翌年にはロキシー・ミュージックのツアーに大抜擢される。

作品を観ていて1999年9月15日の矢沢永吉50歳ライヴを思い出した。初のYAZAWA体験には、永ちゃんの粋な計らいで感動の一幕が用意されていた。突然スクリーンに1976年7月24日の日比谷野外音楽堂でのソロデビュー1周年ライヴの「恋の列車はリバプール発」が映し出された。映像の幕が落ちると、ステージに76年当時のバンドメンバー、ドラムスの高橋幸宏、ギターの高中正義後藤次利(ベース)、今井裕(キーボード)らサディスティックスが勢揃いしていたのだ。

この奇跡の瞬間は、1974年にキャロルとミカ・バンドが国内13地区を回ったジョイント・ツアーに由来する。翌年のUKツアーが終わると「黒船」をプロデュースしたクリス・トーマスと恋仲となったミカがイギリスに留まることに。予期せぬ活動停止が加藤和彦をソロの道へと導き、メンバーの一部がサディスティックスを結成、そのつながりで生まれたのがこの場面だった。

“二人の心と心が今はもう通わない”…このフレーズは本編のラストでTeam Tonobanが新レコーディングする「あの素晴らしい愛をもう一度」(71)を共作した北山修による一節だ。思わぬ別れは新たな出会いを生む。公私にわたるパートナー、安井かずみとの結婚が新たな創作のフィールドを切り拓く。同時に、盟友とのつながりは変わることはなく、トノバンがやると決めると仲間たちはいつでも駆けつけた。

原稿を書くに当たって、1979年から81年にリリースされた「ヨーロッパ三部作」を初めて聴いた。トノバンの呼びかけで錚々たる面々が集い、アルバムコンセプトに相応しいハバナとマイアミ、ベルリン、パリと東京のスタジオでレコーディングされた。コスモポリタンな加藤和彦だからこそ成し得た偉業だ。

音楽家、加藤和彦の楽曲には、「今、僕はここにいて、仲間たちとこんな曲を作っているんだ」という“時のシグナル”が埋め込まれている。ミカ・バンドが歌った「タイムマシンにお願い」するだけで、僕らはいつでもトノバンが生きた時代と音楽にアクセスできる。そんな素敵なことを教えてくれるこの作品は、加藤和彦を知る人はもちろん、よく知らないという方にこそお薦めしたい。そこではいつも優しい宇宙人トノバンが飄々と微笑んでいる。「黒船」来航の前と後、別れと出会いが紡ぎ出す加藤和彦の世界を心ゆくまでご堪能いただきたい。

(髙橋直樹)

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